THE THEATER OF DIGITAKE
100円ライター 2/4


■雄弁な部下

「とにかく、どこから手をつけていいのか、わからなくなってしまったんじゃよ」

ネクタイをゆるめながら途方に暮れた専務がタメ息をもらした。
男の銀ブチ眼鏡が、ブラインドから差し込む光に反射して光る。

「私が思いますにぃ・・・ひと言で申せば、物が多すぎるのでないでしょうか? もちろん、お察しのこととは存知ますが」

あくまでも控え目な男は、背筋をのばしたまま言った。

ファイルの山となった応接セットのテーブルから、かろうじて見えた大理石のタバコケースに手を伸ばした専務は「ふむ」と言いながらライターを探す。
男は、すかさず上着のポケットから100円ライターを差し出して火をつけた。

フーッと一服つきながら専務はドッカリとソファーに腰掛けた。

「たしかに物は多い。それが一番の原因であることはわかっとる。・・・そこでだな、いっそ今ある棚を全部とりかえて、壁一面がキャビネットになるような新しい収納システムでも入れようかと・・・」

と言いながら、専務はファイルの山をかきませはじめた。
「おお、これだ」とつぶやきながら取り出して見せたのは、ブ厚いオフィス家具のカタログだった。

男の銀ブチ眼鏡が、またキラリと光をはなった。

「確かに、いい家具もございましょう。ですが、その家具を選ぶために、またこうして物が増えます。仮に家具を新調なさったところで、部屋自体のスペースが変わるわけではございませんので、もちろん、これまで使われなかった空間が有効利用できるという利点はございましょうが・・・そこが埋まるのも時間の問題です」

「しかし、ここにある書類はどれも重要な物だからなぁ、簡単に捨てるというわけにも・・・」

専務が座るソファーのまわりをまわるように歩きながら男は語り始めた。

「まず、こういう検証をなさってはいかがでしょう? 書類の重要度をはかるのです。一日は24時間、そしてこの部屋で勤務なさっている時間は8時間。つまり一週間のうち、この部屋にいらっしゃる時間は40時間程度となります。その40時間のうちに、これだけ多くの書類すべてに目を通されるというのは、物理的に無理でしょう。実際に日常使われている書類は限られているはずです」

ゆっくりタバコを吸いながら専務は男の話に耳を傾けている。
普段の業務では、あまり発言の多い方ではない男も専務がジッと自分の話を聞いているのに気を良くして、次第にボディランゲージも大きくなっていった。

「いつかは使うかもしれない。あるいは、せっかく作った書類だから・・・と思って手元に置いてあるものの、実際に使っていない書類は意外と多いものです。ですから、この機会にその重要度を見直して、毎日の業務をこなすために本当に重要な物だけを手元に置き、それ以外の物はとりあえず1階の倉庫にでも移動しておく。そして四半期に一度くらいのタイミングで、また見直す。すると本当に使わない物、捨ててもいい物が見えてくるはずです。・・・新しい本棚を有効活用するためにも、そういった一連をシステムを確率しませんと活きてきません」

灰皿にタバコをもみ消しながら専務が口を開いた。

「しかし、1階の倉庫に重要書類を入れておくというのも不用心ではないかね? それに四半期に一度・・・と言っても、ついその整理を忘れてしまいそうだし・・・」

専務が2本目のタバコに手をのばしたのを見て、再び100円ライターを取り出した男はひざまづくように火をつけながら言った。

「その点に関しては、私にお任せください。倉庫の厳重な管理。そしてこの部屋の合理的かつ理想的な環境を私が責任をもって管理させていただきます」

横目でチラッと男を見た専務は、タバコに火をつけると

「じゃあキミにやってもらうか」

とつぶやいた。

「おまかせください」

胸をはった男は一礼して部屋を出ようとしたが、また専務の方へ近づき、目の前に100円ライターを置いた。

「これ、よろしかったら。ご入り用でしょうから」

「これは、すまんな」

専務がそう言うと、男は部屋を出ていった。
残された専務は、その使いかけの100円ライターをしばらく見つめていた。


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