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「可愛いお子さんたちですな」 出産の疲労もあって、そのまま眠ってしまった母犬は、通りがかりの犬の声に目を覚ました。 見ると母犬がいる庭とオモテの通りを区切った塀の上から、一匹のノラ犬がようやく顔をのぞかせいてる。 二本足で立つ人間にとっては低めの塀であったが、四本足の犬にとってはやや高め。 庭に横たわっている母犬から見ると、塀から顔をのぞかせた犬が、いったいどの程度の大きさの犬であるのかは、よくわからない。 「ありがとうございます」 「生まれたばかりで?」 「はい。半日ほど前に」 「そいつは、おめでとう」 今度の出産に初めて「おめでとう」という声をかけてもらった母犬はニッコリと笑った。 それは母親らしい優しい笑顔だった。 「しかし、あなたは恵まれてますな。こんなに大きな家の広い庭で出産できるなんて・・・。いえね、オイラはこの住宅街に食い物をさがしにやって来たモンだが、オイラたちの仲間なんか、そりゃあゴミためみたいなところで子供を産んでるからねぇ・・・うらやましい」 この言葉を聞いた母犬の顔が、ちょっと曇った。 出産の喜びの後に待っている悲痛な運命を思い出したのだ。 「うらやましいなんて・・・。確かにここにいれば食べ物に何一つ不自由はありません。けれど、もうひと月とたたないうちに、この子供たちとは引き裂かれてしまうのですよ。たとえ汚いところにいようと親子いっしょに暮らせる方が、どんなに幸せなことか」 ピンと立っていた両耳をダラリと下げたノラ犬は言った。 「そんなもんかねぇ・・・。しかしね、あんた。毎日の食い物に不自由してると、たとえ親子がいっしょにいても、そんな幸せをかみしめているヒマなどありませんぜ。しょっちゅう争いごとが起きる。だからオイラだって、こんなに遠くまで食い物をあさりに来なきゃならないんで」 これまた、いかにも母親らしい厳しいまなざしを向けて、母犬はすぐさま反論した。 「それでも少なくとも自分の子供たちの姿を見ることができるのは親として何よりも安心なことですわ。こうして鎖でつながれている私は、もらわれていった子供がどこでどうしているかさえ知ることもできないのですよ」 ただジッとその言葉を聞いていたノラ犬は、しばらくの沈黙の後、母犬に言った。 「それじゃあ、こうしやしょう。あなたのもらわれていった子供たちの話をオイラに詳しく聞かせてください。子供たちの特徴や連れていった人間の特徴もね。連れてった人間は、このウチの人間と交流があるはずだから、このウチの人間をはっていれば、きっとアシがつくはず。・・・で、オイラがあなたの代わりに子供たちの様子を見てきましょう」 思いもかけぬ親切な言葉に母親は大喜びをして、忘れもしない子供たちがもらわれていった時のことを丹念に、ノラ犬に聞かせた。 |