「雲は、いいなぁ・・・」
雲がヤツが現れたのは、朝露がすっかり乾いた頃のことだった。
「よぉ、山よ。ひさしぶりだなぁ」
眠るように静かにしていた山が上空を見ると、声の主は大きな雲だった。
『イヤな奴が来たな』と、山はとっさに思ったが、近づいて来る雲を避けてどこかに動くこともできないので、いつものように当たりさわりのない会話でかわすことにした。
「これは雲さん、おひさしぶり」
山の頭上を取り囲むように、うねうねとカタチを変えながら、さっそく雲の自慢話がはじまった。
「いゃあ、またアンタに会えてうれしいよ。なんせ、こちとら一年中、地球のまわりを飛び回ってるだろ。今日はちょうどインドから飛んできたところでね」
『早く、そのままどっかへ飛んでいってしまえ』と思いつつも山としては、それをジッと待つしかない。
「うらやましいですな。いつも違った景色を見ることができて」
あいづちを打つしかなかった山だが『ちょっとマズイあいづちを打ってしまったな』と思った時には、時すでに遅し。
「まぁね、インドの前は大西洋。アンタ、まず海ってモンを見たことがあるかい? ねぇだろうなぁ。アンタもデッカイずうたいしてっけど、海ってヤツは、アンタをすっぽり飲み込んでもまだまだ余るくらい広いところなんだぜ」
「はぁ・・・」
その返事ともタメ息ともつかない山の声が、雲に聞こえたがどうかはわからないが、それから延々と雲の自慢話は続いた。
山にとって雲の話は、確かに自分が見たこともない世界の話で、興味がないことはなかったが、いくら興味があったところで、ここから動いて見に行くことはできない。だったら、そんな話を聞くだけ無駄だ・・・と山は、いつも考えていた。
日暮れが近づいて、ようやく雲は山のもとから去っていった。
今日も山には、通り過ぎていく雲を迎え、そして見送ることしかできなかった。
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