1963年の秋、ひとりの男がニューヨークの一室でテレビを見ていた。
ブラウン管には、子供型のロボットが飛びまわっている様子が映し出されている。当時話題のアニメーション「アストロ・ボーイ」。ご存じ日本初の国産アニメーション「鉄腕アトム」の輸出版である。男は、この「アストロ・ボーイ」に登場する未来に深い興味と感銘を覚え、早速、放映していたNBCにコンタクトをとって作者について尋ねた。作者は、もちろん手塚治虫。そこで、男はこの見知らぬ日本人にあてて手紙を書いた。
「あなたのアストロ・ボーイを見て大変感銘を受けました。ついては次回、私が撮ることになっている映画の美術監督をお願いできないでしょうか? 1年ほどの拘束時間が必要となりますが・・・」
手塚からの返事はこうだった。
「大変興味深いお話ですが、私には現在260名ものスタッフがいて、1年もの間、ひとり国外で仕事をすることはできません。渡米の折りには、ぜひお会いして、出来上がった映画も拝見したいと思います」
男は大変残念がったが仕方がないことだった。
1年後、男の映画は完成した。男の名はスタンリー・キューブリック。完成した映画は日本でも公開され大ヒットとなった。邦題「2001年宇宙の旅」。 |