Episode No.533(20000512):純愛はいずこ
世の中、殺伐としているよね?
最もどんな時代の人も、それぞれの時代でそんなコトを感じていたんじゃないかとも思うけど・・・。
それにしてもねぇ・・・。
通りすがり、見知らぬ人に声をかけられただけで身構えてしまったり・・・。
人に親切にされると「何が裏があるんじゃないか」なんて、つい疑ってかかってしまうというのは・・・。
何とも寂しい感じ。
でも、それも危機管理能力だと言われると、必要な気もするし・・・。
純愛はいったいどこへ行ってしまったのだろうか?
それとも最初から、そんなモノは幻想なのか?
純愛を英語で言うと、プラトニック・ラブ。
肉欲的なモノを抜きにした男女間の精神的愛を言うが・・・。
先日、中年のおじさんたちと、ちょっとした純愛論議をした。
はたから見れば、私も同世代のおじさんに違いなかったろうが、私だけは一応30代。
あとは40代前半と後半の方。
話は、いきなり純愛の否定からはじまった。
肉欲的なモノを抜きにした男女の関係は「友情」であって、いわゆる愛情関係とは別モノだとする説。
もし愛を感じてしまったら、絶対に肉体関係までいきたくなるハズだ、と。
そもそも友情と愛情との間で「愛」に、どんな違いがあるのか?
それは、よくわからないし、論じても意味のないコトかも知れない。
とにかく実際に肉体関係に進むかどうかは別にしても、そういう「下心」が少しでもあったら・・・。
それは、もう胸をはって純愛とは言えないと感じている人は多かった。
でも、第三者から見れば「下心」があるかどうかなんて、はっきりとはわからない。
はっきりとわかるのは、明らかにそういう行為があった時だけだ。
じゃあ、どうして肉体関係まで進まない場合が多いのかと言えば・・・「モラル」が邪魔をしている。
と、なると見た目の純愛はモラルや、その先には進めないその他の事情によって保たれているだけで・・・。
内なる純愛というモノはやっぱり幻なのか?
最後に、おじさんは呟いた・・・「日本が一夫多妻制ならな、悩むコトないのにな」
ところで、プラトニック・ラブの語源は、古代ギリシャの理想主義的哲学者プラトンの名前からとったモノで、つまり「プラトン的愛」を指している。
当のプラトンは、現在までの研究によると妻を持った事実は認められていない。
もちろん、結婚しなくても恋愛はあったかも知れない。
それこそ、プラトン的愛を貫いて、結婚まで至らなかったかも・・・。
ところがどうもそうではなく・・・どうやら女性より男性の方がお好みだったようだ。
私としては、純愛を貫いてストーカーになる人の方が問題だとは思うけど・・・。