Episode No.339(990927):美しき港は・・・ 先週末、淡谷のり子が亡くなったというニュースが流れた。 また、ひとつの時代が終わった感を覚えた人も多いと思う。 思えば、高度成長期のまっただ中「もはや戦後ではない」と言われ始めた時代に生まれた私にとって、淡谷のり子は、あらかじめ伝説の人だった。 女王とまで言われたブルースの歌声は、モノマネでしか聞いたことがなかったし、"淡谷先生"と言えば、バラエティでの辛口審査員としてのイメージが強かった。 享年92歳。 と、いうコトは終戦を迎えたのは38歳の働き盛りの頃になる。 私の親の世代もギリギリ戦争体験をしているとは言え、戦中はまだ年端もいかぬ子供だった。 時代が流れていけば当たり前ではあるが、もう戦時中に実社会を経験していた人は、いよいよ数少なくなってきた。 淡谷のり子のモノマネの定番と言えば「窓を開ければ〜♪ 港が見える〜♪」という、あの歌。 その後の歌詞を続けて歌える人も、そう多くはないだろう。 港といえば、横浜の話になるが・・・。 実は今日、1999年9月27日で、あの横浜ベイブリッジは完成10周年を迎える。 ・・・早いモンだね。 完成したのは1989年・・・元号が昭和から平成に変わった年だ。 完成直後は、駐停車禁止にもかかわらず、橋の上から夜景を楽しむ観光客が大勢いて、ずい分と渋滞したモノだが、今はそれほどでもない。 その後、平成4年には、東京湾にレインボーブリッジが完成。 現在は、レインボーブリッジとベイブリッジの間をつなぐ、つるみつばさ橋も完成して、東京から横浜へ湾岸経由で車を走らすと、かなり美しい景色を楽しむコトができる。 お台場から、みなとみらいは、さながら東洋のマンハッタン。 人工的な美しさ・・・ではあるけれど。 初めてレインボーブリッジを走った時、ベイブリッジの大きさから見ると、やけに小さな感じかした。 ベイブリッジの全長は860m、海面からの高さは175mもある。 レインボーブリッジの全長は798mで、長さは60m程度しか変わらないのだが、横浜ベイブリッジが大きく感じるのは、やはの柱の高さのせいだろう。 ところで、ご存知の方も多いかとは思うが、横浜ベイブリッジの柱のライトは時間帯によって色が変わる。 普通は白色に輝いているが、1時間のうち10分間だけ青になる。 時計の長い針が50分から0分までの間だけ青くなっているのだ。 そういうウンチクをたれながら、得意顔で助手席の彼女をチラリと見るドライバーの車が、今日も何十台、何百台とベイブリッジを走り抜けているコトだろう。 淡谷のり子に歌われた神戸のメリケン波止場も、現在は埋め立てられてメリケンパークとなっている。
参考資料:「昭和・平成家庭史年表」下川耿史/家庭総合研究会=編 河出書房新社=刊
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