京(けい)、垓(がい)、禾予*(じょ)、穣(じょう)、溝(こう)、澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(ごく)、恒河沙(こうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうだいすう)
いったい何のお経か?・・・とお思いの方も多いだろう。
ちなみに禾予*(じょ)は、漢字が見つからなかったために、こう打たざるを得なかったが、本当はのぎへんに予という一文字である。
実を言うとこれは、兆のうえの数字の単位。
江戸時代に、すでに決められていたもので、一番上の無量大数には0が88個並ぶという。
明治になってヨーロッパから数学が入って来る以前、日本には「和算(わざん)」と呼ばれる独自の数学があった。
その「和算」のもとを築いたのが、鎖国令下の江戸時代に活躍した関 孝和(せき ただかず)である。
関 孝和の生い立ちについて、詳しいことはわかっていないが「和算」を用いて円周率を正確に計算したことで、後の世に知られるようになった。
では、当時そこまでのレベルにあった「和算」が何故、その後、数学にとって変わられるようになってしまったのか?
「和算」には関流をはじめとして、いくつもの流派が生まれ発達していったが、自然科学とは無関係の数字遊び、いわば趣味の域を出るものがなかった。
そこにハッキリとした学問体系をもった数学が入ってきたために、あっという間に消え失せる運命となってしまった・・・というワケだ。
部分には世界的レベルまで到達しているものの、あまりに近目過ぎたために、世界標準を逃してしまう・・・そんな例が日本には少なくない。
島国という恵まれた"温室"の中でのみ物事を考えていると、世界の田舎者と言われてしまうことは目に見えている。
「世界一になれなければ、日本一にもなれない」
と言ったのは、将来、外国製品が入ってくることを見越して本田宗一郎が言った言葉。
それにしても不可思議という単位は、何とも不可思議。
このまま物価が上がっていくと、やがて国家予算が1不可思議なんて言われる時代も来るのだろうか?