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Episode No.103:喜びをつくれる人

2〜3日前にHMVに行って来た。

HMVと言えば世界的な大規模CDストアとして有名で、世界に270店舗以上、国内にも現在は20店舗以上が展開している。
その歴史は意外に古く、創業は1921年というから今から77年も前のこと。発祥はイギリスだ。

創業当時はEMIレコードの傘下にあったことも関係して、あのビートルズの名マネージャーとして知られるブライアン・エプスタインとEMIを結びつけたのは、実はHMVの関係者だったという逸話も残っている。

しかし、ざっと調べたところ、HMVが何でHMVというのか? いったい何の略なのかは依然として謎だ。

とにかくCDを3枚ほど買った。

私が覗くのは決まって映画音楽コーナーかビデオコーナー。今回買った3枚のCDも映画音楽コーナーにあったが、厳密なところ、音楽ではない。

「淀川長治 CD洋画劇場(1)〜(3)」。先日、亡くなった淀川さんが昨年の8月に録りおろしていたもので、最近、再発売された。

第1巻は「チャップリンの愛の世界」。淀川さんが愛してやまなかったチャップリンの生い立ちや作品、そして実際にチャップリンに会った時の思い出などが語られている。まるで少年のような素直な喜びに満ちた口調で。

これは、さまざまな著作の中でも語られていることだが、チャップリンが新婚旅行の途中に極秘で神戸に立ち寄るというという話を聞いた27歳の淀川青年は、単身で停泊中の豪華客船に乗り込む。

チャップリンの前でチャップリンの真似をして気に入られた淀川青年は、3分間だけ会うという約束を大幅に越えて、40分以上も会見した上、"モダンタイムス"のヒロインで、その時、チャップリンの新妻だったポーレッド・ゴダートに付いて買い物にまで行った。

彼女が買いたかったのは波止場で売られていた真珠。少女のようなポーレットは、それをたくさん買い込んで船室に戻った。
真珠を見たチャップリンは淀川青年に「これは本物か?」と尋ねた。淀川青年は、その真珠が安物の人口真珠であることを知っていたが、困ったあげく「本物はなめるとつめたいんです」と答えた。
チャップリンとポーレットは、それぞれ真珠を手にとるとペロっとなめて「冷たい!」と言った。
喜ぶポーレットの顔を見てご満悦のチャップリンは、淀川青年に向かって静かに「Thank you」とささやいた・・・という。

大切なのは真実を明かすことではない。真実さえハッキリすれば、それでいいというのであれば、そこに人間の介在する余地はない。そこに人間がいることで、ひとつの真実が喜びにも悲しみにも変わる。

淀川さんが敬愛したチャールズ・チャップリンは、1977年12月25日、クリスマスの朝、家族が起こしにいくと眠ったまま亡くなっていた。88歳、老衰だった。
前日には家族を集めた恒例のクリスマスパーティが開かれ、自作の上映会もしたという。

これ以上、完璧な死に方が、あるだろうか・・・?!


参考資料:「淀川長治 CD洋画劇場(1)〜(3)」キングレコード

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