THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行28 6/8


■涙のワナ

トビラが開くと同時に、割れんばかりの拍手の音がこだまする。

会場に一歩、足を踏み入れた宮田は立ち止まると、ようやく慣れてきた目をこらし会場の中を見渡した。
あいつもいる、こいつもいる・・・課の連中はもちろん、となりの課の人たちまで、みんな来てる!

高砂に近い丸テーブルには、人事部長や軽部の姿もあった。
そして、彼らと同じデーブルでニコニコ微笑みかけながら拍手してくれているのは・・・会社を辞めた大林元専務だ。

胸が熱くなった宮田は・・・ズボンの後が裂けていることも忘れて、会場に向かって腰を90度に折って深々と礼をした。

拍手の音が一層高鳴る。

下を向いたままの宮田の瞳に涙があふれてきた。いくら我慢しようと思っても止まらない。
やがて涙のしずくは宮田のベッコウ眼鏡のレンズに小さな水たまりを作るほどになった。

マズイ! このまま顔を上げてしまったら、レンズにたまった涙が一斉にドーッと頬をつたうことになってしまう。新婦や新婦の両親ならともかく、媒酌人の自分が・・・しかも、最初からこんなところは見せられない。

我に返った宮田は、この状況を打開すべく下を向いたまま、小刻みに顔を左右に振ってみた。
こうすれば、涙の水たまりはメガネの左右から床に落ちてくれるはずだ。

ところが! ・・・パリン!!

作戦はみごとに裏目に出てしまった。
宮田の顔からスルリと落ちたベッコウ眼鏡は、そのままマトモに床に落ちて、レンズが砕け散った。

さすがに拍手がピタリと止まる。

宮田は、もう目の前が真っ暗・・・といった心境。
会津に「会場の絨毯はどうします?」と聞かれた時に「どうせ壊しちゃうんだから、もったいないでしょ?! その分、料理にまわして・・・」と言ったのは自分だ。ああ・・・あの時、会津の言葉に従っていれば、こんなことには・・・!!

眼鏡なしでは、もう一歩も前へ進めない。
とりあえず壊れた眼鏡を拾い上げて、フレームに残ったレンズの残骸を頼りに前へ進むか・・・?

いや、ダメだ!
ここで、かがんだらズボンのケツがみごとに裂けて、その音が静まり返った会場に響き渡ることになってしまう。
まさか、新郎に手を引いてもらうわけにもいかないし・・・どうしよう?!!

その時、硬直した宮田の背後から、スッと白い手が伸びてきた。
目の前に出されたのは・・・この間作っておいた銀ブチの眼鏡だった。

しがみつくように、その眼鏡をかけた宮田はチラッと後ろを見る。
後ろでは妻が何事もなかったように、うつむきかげんで前を向いている。

再び拍手がまきおこった。

照れ隠しに軽く頭をかきながら、宮田はテーブルの間をすりぬけて高砂へと進み出した。
すぐ後には大口を開けて笑いながら柳が、そしてドレスの裾をやや気にしながら三村が続く。

ドレスの裾に目をやった三村の視線の先に・・・レンズの割れた宮田のベッコウ眼鏡があった。


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