THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行26 10/12


■ふたりの少年時代

両目をジッと閉じながら、宮田は「この際、一発くらい殴られても仕方ない」と思った。
それで木下の気が済むのなら・・・。
いや、待てよ。先週も殴られて、見た目はようやく元通りになったものの・・・頬を押すと、まだ痛い。ここに、もう一発くらったら・・・その痛さは想像するのもコワイ。

覚悟を決めてから、30秒・・・いや1分くらいは経っただろうか。
一向にパンチが飛んでくる気配はない。

宮田が、そっと片目ずつ目を開くと・・・そこには涙をポロポロこぼしながらうつむく木下の姿があった。

「・・・木下」

「宮の・・・バカヤロウ」

その押しつぶしたような木下の言い方、そしてこのセリフには確かに聞き覚えがある。
あれは中学3年の時だったから・・・今から、もう30年以上も昔の話。

当時、金持ちのお坊ちゃんだった木下は、親に連れられて当たり前のように映画館に足を運んでいた。
北海道の田舎の話。木下と宮田のクラスには、まだ映画を見に行ったことのある者は、数えるほどしかいなかった。もちろん宮田も映画館など入ったことはない。

テレビで観た西部劇に熱中した宮田は、ぜひ映画館の大スクリーンで西部劇を観てみたかった。

「じゃあ、いっしょに行こうぜ」

そう誘ったのは木下だった。

「しかし、中学生同士で・・・大丈夫なのか?」

「平気、平気」

そんなわけで休みの日に待ち合わせをしたのだが・・・。
宮田には肝心の入場料が払えるだけの小遣いの持ち合わせがなかった。

親に交渉してもくれるはずはない。すでに働きに出ていた姉なら何とかしてくれるかも知れない・・・そう思い立って急いで自転車を走らせ、姉の勤める食堂へ向かったが途中でチェーンがはずれてしまった。
ようやく食堂についた時、運悪く姉は出前に出かけた直後。
やっと姉からお金をもらって自転車を家に戻して、木下との約束の場所に着いた時には・・・木下はもういなかった。

一人っ子でわがまま放題に育ってきた木下は乱暴者としても知られていた。
気にくわないことがあると、すぐに相手を殴りつける。

理由はともあれ、約束をすっぽかしてしまった宮田は、次に木下と会った時・・・場合によっては殴り合いのケンカになることを覚悟していた。

「悪かったけどさ・・・うちは木下んちみたいに裕福じゃないんだよ」

そう宮田が言うと

「何言ってんだ、約束は約束じゃねぇか!」

と案の定、木下は食ってかかってきた。
これは一発飛んでくる・・・そう思った宮田が身構えるると・・・。

木下は肩をふるわせて泣いていた。

「宮の・・・バカヤロウ」

木下としては、宮田の事情を察して、最初から映画代はおごるつもりだった。
しかし、そのことも告げられぬまま、木下家は東京へ引っ越してしまった。

思えば、宮田がダンドリーと呼ばれるほど何に関しても細かな準備をするようになったのは・・・あの日のアクシデントがあって以来のことかも知れない。


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