THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行25 4/9


■チケット屋の男

宮田は定時に会社を出た。やることがないんだから出るよりほかにない。

新橋の駅前に着いたのは午後6時前。まだ約束の時間には30分以上もある。
どこで時間をつぶそうか・・・。
しばらく駅の周囲を徘徊してみると、かつて三村とよく行った牛丼屋の前を通りかかった。

思えば、あの頃が・・・ある意味でピークだったのかな。

暖かくなってきたとはいえ、日没後はやっぱり寒い。
宮田は牛丼屋から吹き上がる湯気が薄暗い空に消えていくのをながめながら、まるで初恋の彼女のことでも思うように、少しセンチメンタルな気分になった。

待ち合わせまでは、まだ20分ほどある。
喫茶店に入るには中途半端な時間だし、とりあえず寒さがしのげる駅ビルへ足を踏み入れた。

駅ビルとはいえ、ここは花屋、靴屋、パチンコ屋まである雑居ビルだ。

とくに見たい店もなかったが、メイン通路の向こうを見ると何やら人だかりがしている。
とりあえずヤジ馬根性で近づいてみると・・・チケット屋だった。
映画のチケットやら、高速道路の回数券やら、新幹線、航空券のチケットをディスカウントしている店だ。

宮田はハッとした。チケット屋のカウンターの前で店員に向かって領収書の発行を依頼している男は・・・宮田の後がまで課長になる軽部だ。

思わず身を隠そうとしたが、後ろからの客に押されて、そうもいかない。
その時、軽部が振り返った。

「おや、これは宮田さん」

「あ! ああ、軽部さん、どうも」

「宮田さんもチケットをお買いに?」

「いゃあ、私はほんの通りすがりで・・・軽部さんは?」

「私は新幹線のね、チケットを」

店員が軽部に領収書を差し出した。

「あ! ありがとう」

カウンターの前から通路まで出た2人は、とりあえずその場に立ち止まった。
軽部は領収書を確認してサイフにしまい込んだ。領収書の宛名は会社名になっている。

「いやね宮田さん。会社も厳しい時だから・・・出張の旅費もできるだけ節約しなきゃならんでしょ」

「それで、わざわざここまで?」

「昔なら女子社員に買いに行ってもらったところですが、自分でできることは自分でやらないと・・・。人件費もタダじゃありませんから」

「・・・そうですね」

「宮田さんは、これからお帰り?」

「え、ええ」

「じゃ私は社に戻りますので・・・失礼」

雑踏に消えて行く軽部の後姿を見ながら、宮田はあんなにイヤな奴だと思っていた軽部を少しだけ見直した。
この軽部の姿勢は現代のサラリーマンにとっては、もはや当たり前のことなのかも知れない。
そして、少なくとも自分は・・・気がつかなかったことだ。


Next■