THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行25 2/9


■脱サラの誘惑

会社にいる宮田の元へ木下からの電話があったのは月曜日のことだ。

「おう宮、悪いな仕事中に・・・」

「いゃあ、こっちこそ自宅に連絡をもらいっぱなしで・・・。ここんとこ遅かったもんでなぁ」

「携帯にもかけてみたんだけど、つかまらなかったから」

「あ、ああ。携帯は・・・やっちゃったんだ、息子に」

「何だそうかぁ・・・。で、息子は合格したんだって? 公立に」

「・・・お、おかげさまで」

宮田は、とうとう来るべき時がきた・・・と思った。
息子が公立高校に受かったら、木下の仕事を手伝って脱サラする・・・宮田自身は約束した覚えはないが、木下はそう思っているに違いない。

「で、例の件で、またちょっと話したいんだけど・・・、どうだ?」

「う、う〜ん。今週も年度末に入って、ちょっとバタつきそうなんだが・・・。週末なら、なんとか」

「よし! じゃあ週末に。また連絡すらぁ、よろしくな」

宮田は少々、気が重かった。

年度末でバタついていることは確かだったが・・・正直言ってバタついているのは、新チームを立ち上げる軽部の方で、自分にはもうこの会社でできる仕事など何ひとつない。
ただ、例の返事をどうしたらいいのか決めかねているし・・・。
この間、殴られた頬も、まだ完全には腫れがひいていない。

受話器を置いた宮田は、三村の方をチラリと見た。

三村はあいかわらず真面目に仕事をしている様子だ。彼女の心境の変化は、よくわかったが・・・具体的には、いったいどうするつもりなんだろう?
まぁ、いずれにしても自分とのアバンチュールなんてことは・・・もう絶対にあり得ない話だ。

これから自分は、いったい何を支えに仕事を頑張っていけばいいんだろう?
もちろん家族のため、ローンのためではあるんだけれど・・・。

もはや仕事をしている時間自体は、苦痛以外の何ものでもない気がする。
出向先は、ゴーストタウンのような憂鬱な会社だし・・・この間のぞいた限りでは、若い女子社員などひとりもいない。

そう考えると、脱サラして再出発というのも、あながち悪くないかも・・・。
うまくいけば一攫千金。少し前の木下のようにスーパーカーとまではいかなくても、マークIIをクラウンくらいにはできるかも知れない。
でも、失敗したら・・・クラウンどころかリアカーを引くことになるかも・・・。

ボーッとしている宮田の前に男が立った。

「課長!」


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