THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行23 8/8


■宮田家の晩餐

ラッシュ時に埼玉のジェイピー物流から、川崎の自宅まで戻るためには、相当なエネルギーを必要とすることを宮田は思い知った。

見上げれば自分の小さな城である建売住宅もあいかわらずくたびれではいるが・・・ジェイピー物流ほどではない。

玄関を開けるなり妻が飛び出して来た。

「あなた! 大変、大変!!」

何かひどく興奮した様子だ。

「どうした? いったい」

「そうそう、ちょっと待って」

そういうと妻は再び奥へ戻って行った。
宮田がきょとんとして靴をぬぎかけていると、二階から息子の良樹が降りてきた。

「あ! おかえり」

「おう、良樹。勉強はかどってるか? 明日だったな・・・私立の試験は。また朝はとうさんが駅まで・・・」

「いや、いいよ」

「どうして?」

「俺、明日、試験に行くのやめた」

「何?! おまえ、まだそんなこと言ってるのか!!」

宮田は怒鳴りながら靴を片方履いたまま上がり込んで良樹に詰め寄る。

「何してるの? あなた!!」

一枚の写真を手にした妻が再び玄関にあらわれた。

「だって、良樹のヤツ」

「とうさん、落ち着けよ!」

「あなた! これを見て!!」

差し出された写真には学生服姿の良樹と・・・隣には模造紙に書かれた無数の数字。

「受かったのよ! 良樹。公立に合格したの!!」

「・・・あ! 今日だったのか・・・発表」

「そうよ。あんまり嬉しかったから、すぐに写真を現像して・・・おばあちゃんたちにも送ろうと思って」

「そ、そうか・・・」

「そういうわけだから・・・明日は試験に行く必要がなくなったんだ。いいだろ? とうさん。それとも受験料がもったいないから・・・」

宮田はゆっくりと片方の靴をぬぎながら言った。

「い、いや・・・。おめでとう! 良樹」

「さぁ、みんなでお食事しましょ! 今日はちょっと豪勢よ。・・・あ、そういえばあなた、電話があったわ」

「誰から?」

「木下さん」

「木下かぁ・・・」

「私、嬉しくって、つい木下さんにまで良樹が公立に合格したこと言っちゃったぁ!!」

「そ、そうか・・・」

良樹が公立に合格したことは、ものすごく嬉しいはずなのに・・・。
サラリーマン宮田の心中は複雑だった。

・・・以下、次週
2000年2月27日(日)掲載予定

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