THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行20 10/12


■我が家、我が息子

宮田は定時になると同時に会社を出た。
入社以来、こんなに会社にいたくなかったのは初めてのことだ。

この間、人事部長から異動の件を話された時には、旧友の木下に連絡をとって飲んだが・・・。
今はそんな元気もない。
それどころか、ひょっとしたら三村から電話があるかも知れないということも忘れて、携帯電話のスイッチも切ったままだ。

真っ白になった頭を抱えながら、吊革につかまっているのが精一杯・・・という感じ。

習慣というのは恐ろしいもので、ほとんど何も考えずにボーッと電車を乗り継いでいたにもかかわらず、気がつくと自宅の前までたどり着いていた。

ふと見上げる建売住宅は、自分と同様に・・・だいぶ、くたびれてきている。
ただし、自分と違うのは、まだまだ未来がある・・・未来に返していかなければならないローンが、まだたタンマリと。

今日は妻に会社での話をするのはやめよう。
また、いつぞやのようなことになってもいけないし・・・。
どうせ、今の自分の気持ちは自分だけにしかわからない。

玄関を入ると・・・妻が出てこない。
自分が異常に早く帰ってきたので気がつかないのか?
1階の部屋をのぞきまわったが・・・どうも留守のようだ。

そのまま、うがいもせずに2階へ上がると・・・良樹はいた。
ちゃんと勉強をしているようだ。

「おい、良樹」

「あ! どうしたの? やけに早いじゃん」

顔を上げた良樹は、ドアに立つ父親を見た。

「ああ・・・。ところで、かあさんはどうした?」

「何か買い忘れたものがあるとか行って、近所まで出たよ」

「・・・そうか」

「何か元気ないね? 調子でも悪い?」

「いや・・・大丈夫だ」

「ならいいけど・・・」

良樹は再び、机の上に視線を落とすとシャーペンをカチカチ鳴らし始めた。


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