THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行17 13/13


■初めてのアクシデント

キョトンとした妻が言った。

「何も怒鳴ること・・・ないでしょうがぁ・・・」

「大事なことなんだよ」

いつもの雰囲気とは違う夫をしげしげと見ながら、妻もテーブルの反対側に腰を下ろす。
ベッコウの眼鏡をズリ上げて、宮田は静かに話しはじめた。

「仕事・・・変わることになった。今日、人事部長に呼ばれて・・・」

「え? クビになっちゃったんですか?!」

「いや、そうじゃない・・・。下請けに行くことになったんだ・・・4月から」

「いゃだぁ・・・脅かさないでくださいよぉ。でも・・・。その下請けの会社って遠いんですか?」

「埼玉だ」

「埼玉?! じゃあ、ここから通えるじゃない?! ちょっと遠くなっちゃうけど・・・よかった!」

「よかった? 何がよかったんだ?」

「だって、そうでしょ。今の会社じゃなくても、お仕事はあるわけだし・・・。それに、うちから通えるんなら・・・別にいいじゃない?」

「よかーないよ! よかー!!」

椅子を倒しながら宮田が立ち上がった。
あわてた妻が駆け寄って言った。

「大きな声、出さないでくださいよ! 良樹が勉強してるんですから!!」

「何がいいんだよ?! え? 何十年も会社の言う通り一生懸命やって来て・・・あげくのはてに下請けに放り出されて!! いったい何がいいんだよ!」

「あなたのおっしゃりたいことはわかりますけど、じゃーあなたはいったいどうしたかったんですか?!」

「俺は鈴木なんかとは違うんだ! 俺のやって来たことは・・・俺のやって来たことは・・・」

「こんなリッパなおウチもできて、私たち幸せにやってるのに!! あなたは私や良樹のために頑張ってくださってるんじゃないんですか?」

「おまえになんか、わかるもんか!!」

ピシャリ!! 宮田の平手が妻を頬を打った。

頭に血が上ったおかげで酔いが戻り、立つのもやっとの酔っぱらい・・・そんな男の平手打ちが、さほど痛いはずもない。

しかし、初めて夫に手を上げられた妻は、打たれた頬にそっと手をあて・・・呆然とその場に立ちつくしてしまった。

「ねぇ・・・どうして? どうして、私がアナタにぶたれなきゃいけないんですかぁ・・・?」

妻はそうつぶやきながら、ジワーッと涙をあふれさせる。

こんなになるつもりじゃなかったんだ・・・こんなになるつもりじゃあ・・・。
宮田の脳裏をその言葉だけが、悪酔いした酒といっしょにグルグルと回っていた。

・・・以下、次週

2000年1月23日(日)掲載予定 第18話「夢の語らい」

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