THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行16 8/9


■恩師との別れ

週末。大林元専務とは虎ノ門で飲むことになった。

ここは臨海副都心へ移る前に社屋があった場所だ。すでに当時社屋があったビルは解体されて、巨大な真新しいビルが建っている。
しかし、幸いにも若い頃、宮田が大林に連れられてよく来た一杯飲み屋はビルの谷間でひっそり営業を続けていた。

部下の前では酔ったところを見せない宮田も今日は少し酒がまわっている。

「専務・・・いや、大林さん。正直言ってボクは大林さんはもっと会社に残ってくださる方だと思ってましたよ」

「ありがとう・・・。まぁキミだから言うがね、私ももう少し残るつもりではいたんだ。正直言うとね。まだ、やり残した仕事もある。だがね、私が考えていたより世間の・・・というか組織のスピードは早くてね。今となってみればだ、とても私のやり方では追いつかなかった」

「そんな・・・大林さんのやり方は着実ですから多少時間はかかっても当然でしょう? それに、うちの組織がそんなスピードで動いているなんて・・・ボクには思えませんね」

「会社に余裕のある時ならね、私のようなやり方でもよかったんだ。しかし、キミも知っての通り我が社だけでなく、どこの会社だって、今はそんな余裕などありゃせんよ」

「だからって、いいかげんなことをするわけにはいかないでしょう?」

「もちろん、そうだ。だから、多少は大ざっぱでもだ。それなりの効果が得られる組織に変えていかないとどうしようもないところまで来てる」

「理屈ではわからんでもありませんが・・・。実際、できるんですか? そんなこと」

「できるかどうか・・・というより、やらざるを得ないだろうな、これは。・・・この間、キミに駐車場のところで会った時に社長に呼ばれてるって言ったろう?」

「ええ」

「あの晩、社長に言われたよ。キミのような人情肌の男は、もう少し早い時期に会社で頑張れれば、そうとうなところまで行っただろう・・・ってね」

「そんなこと言われたんですか? あの社長に。何かイヤミじゃないですか?」

「いやいや決してイヤミで言ったわけじゃないんだ。社長も私と同世代だから、それはわかる。第一、イヤミを言うために銀座のあんなイイ店などに招待してはくれんよ」

「・・・・」

「要は万事、タイミングの問題なんだなぁ」

「・・・・そういえば、うちの課の三村クンが、くれぐれも大林さんによろしくお伝えくださいと」

「三村クン?! ああ、いつもお茶を運んでくれた・・・。別に席が近いわけでもないのに、あの娘は本当に良く気がつくいい娘だねぇ」

「ええ、いい娘です」

新橋の駅で、宮田と大林は握手をして別れた。
大林の手がこんなに厚かったのを宮田は初めて知った。


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