THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行15 7/11


■幸来る

宮田家では妻が夕食の支度をはじめていた。
テレビでもつけなければ、まったく正月気分はない。
携帯電話を握りしめたまま台所をのぞいた宮田が言った。

「いいじゃないか・・・正月くらいのんびりすれば。まだあるだろ? おせち料理」

「だってぇ、良樹には栄養のあるもの食べさせたいじゃない? お肉とか・・・。あなたこそ何よ? 電話持ってうろうろしちゃって」

「仕方ないだろ? 2000年問題なんだから」

「そんなに気になるんでしたら、こっちからかけてみけばいいしゃないですかぁ?! 会社に」

「かけたさ・・・。しかし、どういうワケか誰も出ない。やっぱり明日でも様子を見に行かなきゃならんかなぁ」

「2日からご出勤ですかぁ?」

「俺だって行きたくはないよ・・・しかしなぁ、まったく」

その時、手にした携帯電話がブルブルと震えはじめた。

「おっ! 来た」

あわてた宮田は、そのまま階段の途中まで駆け上がる。ここは自宅の中でも最も携帯の感度がいい場所だ。
うす暗い階段で通話ボタンを押すと、ディスプレイが明るく光った。

「宮田だ」

「・・・課長」

三村しよりの声だ。台所からやや離れた階段まで来て電話をとったのは正解だった・・・と宮田は思った。

「三村クンだね?! おめでとう」

「おめでとうございます。・・・年末はすいませんでした」

「ああ。もう体調はすっかりいいのかね?」

「え、ええ」

「まだ・・・田舎だろ」

「はい。・・・あの、課長。お休みのところ大変申し訳ないんですが・・・やっぱり相談にのってもらいたいことがあって」

「うんうん」

「明日には東京に戻ろうと思っているんですが・・・。お休みの間のご都合、いかがですか?」

「実は社のシステムにトラブルがあったという連絡が入ってね・・・明日にでも会社に顔を出してみようと思っていたところなんだ」

「えっ? やっぱり2000年問題ですか」

「そのようだが・・・詳しいことがわからんのだよ。でね・・・」

「じゃあ私も行きます。会社の方に」

「そうか、そうしてもらえると心強いな。・・・こう言ってしまうと何なんだが、知っての通り私じゃコンピュータのことはさっぱりで・・・」

「わかりました。そのかわり、私の相談は・・・課長だけが頼りですから」

「・・・ああ」

電話を切った宮田が、しばらくその場でニヤニヤしていると2階のドアが空いて良樹が顔を出した。

「何やってんの? こんなとこで」

「い、いゃあ・・・携帯の入りがいいんだよ、ここ。やかましかったか?」

「別に・・・ああ、腹減った」

そう言うと良樹は階段の途中で強引に宮田とすれ違って下に降りようとした。

「あれ? とうさん、ちょっと太ったんじゃない?」

「そ、そうか?」

「腹出てるとモテないよ・・・若い娘に」

良樹はそう言ってリビングの方へ消えていく。
また、からかいやがって・・・と宮田は思ったが、そのひと言がちょっと気になっていた。


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