THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行13 7/10


■恩師の退職

宮田と三村と2人きりになるチャンスが訪れたのは、ちょうど3時頃の話。
午後イチから続いた会議を終えた宮田が給湯室のわきを通りかかると、そこに三村はいた。

「三村・・・クン」

「課長・・・」

お茶を入れようとしていた三村の手が止まった。

「三村クン・・・どこかにお客さん・・・かね? 」

「いえ、大林専務の部屋へ」

「大林専務? いるの? 会議には顔を出してなかったけど」

「いゃだ課長、忘れてたんですか?! 専務、年内で定年退職ですよ」

「そうか・・・そうだったな。今さら会議に出ても・・・なぁ」

宮田は大林専務に少しすまない気持ちがした。新人時代から個人的にも世話になった、いわば恩師だ。年内に退職することになったことは聞いていた。もう少し社に残れる人だと思っていたのだが・・・。そういえば、もう今年も終わってしまうんだ。

「あの・・・課長・・・今夜のことなんですけど・・・お時間、大丈夫ですか?」

キュウスを見つめたまま、三村がポツリと言った。
ドキリとした宮田は、この際、木下との約束など忘れたかったが・・・そうもいかない。

「すまん、三村クン。今夜は・・・ダメなんだ」

三村の脳裏には一瞬、今朝、宮田の席で見た紙袋のクリスマス・プレゼントがよぎった。

「そうですか・・・無理言ってすいません」

なおも、キュウスを見つめたまま三村は答えた。

「そ、そのかわり・・・」

と宮田が言いかけると背中の方からガラガラと台車が近づいてくる音がする。
振り返ると、大林専務が自ら台車を押していた。

「あ、ここにいたのか・・・三村クン。せっかくだが、お茶はもういいや。運送屋が来てしまってね・・・。荷物が運び出される前に自分の机でいっぷくしたかったんだが・・・」

「専務、私がお運びしますから」

宮田は思わず専務の手から台車をうばった。

「そうか、それじゃ頼むか・・・1階の裏口に赤帽が着いてるから・・・」

給湯室に三村ひとりを残して、宮田と大林専務はエレベータへと消えて行った。


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