THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行12 8/11


■木下の親心

「カミさんと子供にとっても・・・良かったのかもしれないな」

根元まで吸ったハイライトを灰皿に押しつけながら木下は言った。

「どーして?」

宮田は2杯目のコーヒーに、まだ口をつけていない。

「どっち道・・・帰るウチがなくなっちまったもんでなぁ・・・」

「どういうことだ?  木下」

テーブルの一点を見つめる木下がポツリと答えた。

「つぶれたんだ・・・俺の会社」

宮田はベッコウ眼鏡がズリ上げるのも忘れて聞いた。

「つぶれたって・・・おまえの会社の母体はオヤジさんの会社だろう?  何とかならんのか?!」

「オヤジの会社ったって・・・おまえのとこみたいな大会社じゃないし・・・。メインの取引先が不渡り出した時点で、いっさいがっさいパー・・・。残ったのは売れない在庫の山と・・・借金だけだ」

木下がスーパーカーに乗って来なかった理由が宮田にはようやく飲み込めた。だが、ダンドリーと言えども一介のサラリーマンである宮田にその先、気の利いたことが言えるわけでもない。

「じゃあ・・・あのスーパーカーも」

「ああ、抵当にはいっちまった」

「そうか・・・車がないと不便だろうな」

「まだ店の整理とかあるんで、一応ボロいの買ったよ・・・マークIIだけど」

マークIIと言えば宮田の車と同じだ。やはり木下の感覚は、まだどこかズレているのでは・・・と宮田は思った。最も同じマークIIと言っても年式によってはいろいろあるだろうが・・・。年式まで尋ねる勇気は宮田にはなかった。

「宮・・・そこで頼みがあるんだ」

宮田はドキリとした。金を貸してくれと言われたらどうしよう?・・・もちろん、そんな蓄えは自分にはない。いや、ひょっとして保険証を貸してくれと言われたら・・・ここは、いかに幼なじみの木下ではあっても渡すわけにはいかない。

「な、何だ? 頼みって」

少し緊張したおももちで宮田がそう答えると、木下はテーブルの下から紙袋を取り出した。

「これ・・・クリスマス・イヴの夜。届けてやってほしいんだ・・・うちの娘に」

「娘さんに?」

袋の中には赤いリボンが結ばれたサンタクロースの絵柄の包みが入っている。

「今、千葉のカミさんの実家にいる。・・・宅配便で送ろうかとも考えたんだが、まだ差出人の名前も読めないし・・・。ひょっとしてカミさんに捨てられちゃうと困るから・・・。頼まれてくれるか?」

宮田は少しホッとして答えた。

「ああ、そんなことなら・・・。しかし、そんなに険悪なのか? 奥さんとの仲?・・・だいたい、おまえんとこの会社がつぶれたってこと奥さんは知ってるのか?」

「さぁな・・・。でも今んところ慰謝料の請求をしてこないところをみると知ってるのかも、な」

「慰謝料って?! 別れる気なのか?」

「さぁ・・・わからん」

そういうと、木下はハイライトに100円ライターで火をつけて、にがい顔で吸った。


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