THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行12 5/11


■アシスタントは一生懸命

今日はクミの父親が麻酔注射を打った。幸い手は震えていなかった。

麻酔が効いたところで治療が再開される。あいかわらずドリルのイヤ〜な音は頭蓋骨まで響くが、こめかみがシビレることはなくなった。唇までの感覚はない。唾液がアゴまで伝わって、ようやくヨダレがだらだら状態になっていることに気づく。

クミの父親が眉間にシワをよせて叫ぶ。

「林さん、バキューム!」

アシスタントの女性があわてて、良樹の口の中に管を突っ込んだ。勢いあまって吸うより早く、たまっていた唾液があふれ出した。

「あ〜あ、もういいや。じゃ口ゆすいで」

口をゆすいぎながら舌で治療している歯を触ると大きな穴があいているのがわかる。

「林さん、スメアクリーン用意して」

「はい」

再び良樹の椅子が後に倒された。クミの父親が口の中をのぞき込む。

「スメアクリーン・・・」

「はい」

返事はあるが作業は進まない。苛立ちを見せたクミの父親が顔を上げた。

「そこにあるでしょ、そこの右!」

「はい、はい」

ようやく治療が再開された。冷たい薬品が患部に注入される。

「林さん、カルペックス」

「はい」

今度は一度で薬が出てきた。先程と同じように針のついていない注射器に入ったもののようだ。受け取ったクミの父親は、それをライトにかざして言った。

「何だ・・・分量が多いなぁ、林さん。この3分の1でいいから・・・もったいない」
「はい」

アシスタントの女性は一応、一生懸命仕事をする人のようだが、正確に仕事をこなしているのかと言えば・・・そうとは言えないようだ。

「ストッピング」

「はい」

「ん!・・・ストッピングだけは、いつも早いな」

アシスタントの女性はニャッと笑ったが、良樹からそれは見えなかった。ただ、誰にでもひとつくらい取り柄はあるものだ・・・と思いながら聞いていた。


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