THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行12 2/11


■柳の大義名分

職場は師走のあわただしさに揺れていた。

とくに今年は2000年問題があって、社内のコンピュータ・システムに対する注意文書が駆けめぐっている。
宮田は理科系の出身だが化学専攻なのでコンピュータのことなど、まったくわからない。最もわからない・・・と言っていられるご時勢ではないのだが。
とにかく、自分の課でも大晦日に泊まり込み組を編成しなければならないというお達しがあった。

無論、女性というわけにはいかない。本当を言えば社内のコンピュータ・システムに対しては女性の方が通じていようだが、課のOL3人組に頼もうものなら烈火のごとく激怒されることはわかっていたし、三村は田舎の青森で正月を迎えるのが通例だ。

そう言えば、あの見合いの話はどうなったんだろう?・・・彼女が相談したいと言っていたのは、きっとその見合いの話に違いない。正月に田舎に帰るときまでには、充分に相談にのってやらねばなるまい。・・・あくまで上司として。
だが、クリスマス・シーズンのこの時期に独身女性を誘うというのもいかがなものか。いや、かえってそういう時期だからこそ寂しさをまぎらわすために、自分がいっしょにいてやらねばならないのでは・・・あくまで上司として。

社内文書を机の上に放りだしたまま、宮田が手帳のカレンダーを必死にめくっていると、外回りから戻った柳が報告に訪れた。

「課長、PBCの件ですが・・・どうも年内は無理そうです」

上の空で聞いていた宮田は、うっかりつぶやいた。

「何としても年内には・・・」

坊主頭が少し伸びてきた柳は頭をかいた。

「・・・しかし」

宮田は、ようやく手帳から目を離し、柳を見上げた。

「あ! 柳クン。・・・何だって?」

「PBCの件」

「あ〜、PBCのね。で、どうかしたかい?」

「年内納品はちょっと難しそうです・・・ね」

「そうか・・・。で、どういう理由?」

「例の2000年問題で、来週にはコンピュータが一時ストップしちゃうらしいんですよ」

「う〜ん。先方の事情なら仕方ないな・・・。しかし、2000年問題なぁ。う〜ん」

柳は机の上の社内文書に目をやった。

「うちの課でも泊まり込みやるんですか?」

「そうなんだ・・・実は。それで人選をなぁ・・・」

「なら、ボクがやりますよ。どうせ田舎に帰っても酒飲んで寝てるだけだし」

「そうか! 君がやってくれるか。助かるよ」

「・・・それに、最近は田舎に帰ると、そろそろ結婚しろって親がうるさくて・・・。何となく帰るのが、おっくうになっちゃって・・・。盆にも戻らなかったんで、正月こそはって言われてるんですけど、仕事なら大義名分がたちます」

「・・・いいのか? 本当に。ご両親心配なんじゃあ・・・」

「そりゃあ親はいくつんなっても心配しますけどね。キリないっすから」

ニッコリ笑って自分の席に戻る柳を見つめながら、ふと宮田は息子のことを思い出した。


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