THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行11 10/14


■クミの機転

ついに片手で右頬を押さえだした良樹の顔は苦痛にゆがんでいる。

「良樹、大丈夫?」

「ウ〜ン」

クミは心配そうにのぞき込むが、良樹は答えるのもままならない様子だ。

「来て」

そう言うとクミは良樹の空いている片方の手を引いて早足で歩き出した。
「どこに行くの?」と、良樹は言いたかったが口を開くのも辛い。

しばらく行った角を曲がると『前島歯科医院』という看板が見えた。
当然、トビラは閉ざされてカーテンがかかっている。

クミは、そのトビラを容赦なく叩きはじめた。

後に立ちつくした良樹は「無理だよ」と言いたかったが・・・やはり言えない。
それどころか、早足で歩いて血行が良くなったせいか、痛みは増すばかり。
「無理でも何とかしてほしい」という思いが次第に強まってきた。

トビラは一向に開く気配がない。

「ちょっと待ってて」

と言い残すと、クミは医院の裏手にまわって大声をはりあげた。

「おかあさ〜ん! ねぇ、おかあさん。おとうさん、いないの?」

おとうさんにおかあさん?! まさか?
良樹の歯痛が0.01秒ほど止まった。・・・この歯科医院こそ、クミの家だった。

驚いているのもつかの間。痛みは波を打っておしよせて来る感じだ。

やがて医院の中に明かりがついた。
カーテンがサッと開くと、クミの母親らしいおばさんと、そのすぐ後にクミが立っている。

飛び出してきたクミは、寄り添うように良樹を中へ入れた。

おばさんにキチンと挨拶したかったが、軽く会釈をするのがやっと。
それだけでも頭を振ったせいで痛みが増した。

「あらあら、いつもウチのクミがお世話になっちゃって・・・」

丸めた背中を腰のあたりから少し伸ばしてクミの母親が言った。

「おかあさん! そんなこと、どうでもいいから!! ね! 早くおとうさん呼んできて」

「そぉお?! ・・・背が高いのねぇ。何年生?」

良樹は、かろうじて指を3本出して見せた。

「3年? じゃあクミと同級生」

手を左右に振って見せる良樹。

「高3じゃないの? まさか中3!! あら〜。3つも年下なのぉ・・・」

「おかあさん!!」

クミが叫んだ。
母親は仕方なく奥の部屋に向かって歩き出した。

クミに導かれて診療椅子に座った良樹は、奥に向かう母親が「大丈夫かしらねぇ〜、おとうさんお酒飲んじゃってるからねぇ〜」とつぶやいているのを確かに聞いた。


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