THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行11 6/14


■クリスマス・デート

翌日の日曜日。
良樹は朝早くから家を出た。

「まったく、あの子ったら・・・受験生だって言うのに、休みの度に出かけてばかり」

すっかり体調を取り戻した妻が台所でつぶやく。

「まぁ、いいじゃないか・・・勉強はしてるようだし・・・たまには」

パジャマ姿の宮田は新聞の陰に隠れながら、そうささやいた。

良樹が向かったのは、きしくも父親には因縁のある横浜。
元町通りの最寄りである石川町駅で改札を降りると、そこには制服姿よりかなりオトナびて見えるクミがいた。

中学3年である良樹から見れば、高校3年のクミはオトナびて見えて当たり前の話だが、今日はまた一段とオトナっぽい。
近づくと、うっすらと化粧をしているのがわかった。

「待った?」

「ううん。ワタシもさっき来たところだから・・・さ、行こう!」

そう言うと、クミは良樹の腕に自分の腕をからませて、グイと引っぱった。
こんなに積極的なクミは初めてだ。

普段は休みの日に会っても、普段着のままファーストフードで会話する程度で、考えてみるとデートらしいデートなどしたことはない。
他人の女性と手をつないだり、腕を組んだりすることなど、幼稚園か小学校以来のことだった。

戸惑う良樹を見たクミは、少しキツい口調で言った。

「ワタシと腕組むのイヤ?」

「そんなこと・・・ないよ」

女性に強い口調で迫られた時の良樹の表情は父親そっくりだ。
今日は2人で迎える初めてのクリスマス・・・特別な日だから、だろうな・・・と納得した。
見るからに恋人同士というカッコも一度してみたかったし、相手がクミなら申し分はない。

とりあえず元町通りを端から端まで歩く。
クリスマスの飾り付けが美しいウンイドウの前で時折、足を止めてはみるが店の中に入ることはない。
ひたすらクリスマスの気分を楽しんでいるだけだ。

「喫茶店でも入ろうか?」

長身の良樹の腕にブラ下がったクミが尋ねる。

「疲れた?」

「ううん別に」

「じゃ、もう少し歩こうよ」

店に入ったら、せっかく組んでいる腕が離れてしまう・・・そう思った良樹は、ひたすら恋人気分を楽しんでいた。

とは言え、さすがに2時間近くも歩き回っていると、いかに若い2人でも少々疲れてくる。
昼には、まだ少し早い。
2人はベンチに腰掛けてアイスクリームを食べることにした。

幸い、いい日差しだったし、さんざん歩き回った2人にアイスクリームは、すごくおいしく感じられる・・・はずだったが、良樹は思わず顔をしかめる。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと歯が痛くなって・・・ちょっとだけだから・・・平気、平気」

虫歯ができていることには、とうに気づいていたが、試験があったり眠かったりで、結局歯医者には行っていない。
試験の時には仕方なく、父親が得意とする正露丸を虫歯につめて行き何とかなったものの、さすがにデートの時に正露丸臭いニオイをただよわせて来るわけにもいかない。

しかし、この程度の辛さはクミといっしょなら我慢できる・・・良樹は、そう信じていた。


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