20011202
でじたけ流 教育論第77回 んせいの時間〜の後

親が自分の感情にまかせて子供を叱っているだけじゃ・・・
子供は、また必ず同じことをする。

何がいけなかったのかを耳で聞いたところで・・・右から左。
自分でよく考えて・・・今後どうすればいいのか自分で判断することが大切。

・・・と、いうわけで
うちでは、字を覚えた小学2年の長男には、何かあると始末書を書かせている

けれど、そのうち、それにも・・・慣れちゃうんだよな。

しかし・・・!
ただ書けばいい、というワケにいかせないのが私流の厳しいところ。

最初は400字詰め原稿用紙1枚でよかったが・・・
その次は2枚。そしてその次は3枚・・・と、まずボリュームが増えていく。

「書き終わるまで寝るな。
 場合によっちゃ、明日は学校を休んでもいい」

そう言い放たれて、ひとり学習机に向かう長男。

書くことが多少は得意になったのか、最初は余裕を見せていたが・・・
原稿用紙3枚をビッチリと違う内容で埋めるのは、さすがにキツくなり
2枚目を書き終わった頃には鉛筆を持つ手がピタリと止まり・・・半ベソをかきはじめる。

そんな様子を時折覗き込んでいたが・・・
あまりにインターバルが長いので、ちょっとヒントを与えてやる。

「なんで今、苦しんでいるのかをそのまま書けばいいんだよ」

しばらくして・・・長男が私の仕事場へ原稿用紙を手にやってくる。

筆がとまっていた3枚目から先には・・・

「いま、ぼくは、はんせい文がかけなくてこまっています。
 あのとき、ちゃんということをきいていれば
 こんなにこまったり、かなしくなったりすることはなかったと思います」

と、いった具合に今の心境が淡々と書き連ねられていた。

もちろん、3枚目もキチンと最後の行まで埋まっている。
もしも少しでも空きがあったら、突っ返されるのは承知のうえだ。

私は赤ペンを取り出して、段落のおかしいところや
「、」の付け方の適当でないところをチェックして書き込む。

言葉は道具だ。
道具の使い方なら、こうして具体的に指導できるが・・・
その道具を使って何を表現するのかは・・・本人次第。
与えられるのはヒントだけだ。

そういえば、年中組4歳の長女の仲良しが
最近、ひらがなを覚えて手紙を書くのが楽しくて仕方ないらしい。
長女は毎日のように、その子から手紙をもらって帰ってくる。

4歳とは言え、女の子は・・・やっぱり、おしゃま。

この間もらってきた手紙には・・・
「いつもあそんでくれてありがとう。
 だいすきです。しんでも みまもっています」
なんて書かれていて、大爆笑した。

伝えたい内容さえちゃんと思いつけば・・・技術は後からついてくるモンだ。

でじたけ流 教育論

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