20070729
でじたけ流 教育論

第365回

続・立場教育


教育とは立場をわきまえさせることである
・・・なんて言い方をすると、
少々押しつけがましくて、
ともすれば、
立場が上の者だけに有利な感じがしなくもないけど、
ようするに言いたいのは・・・
立場をわきまえる=立場を知る=身の程を知る
=今の自分をシッカリとらえる
・・・ということなんだ。

教育・・・というと、
外から得られる知識を
プラスしていくことのようなイメージがあるが、
どんなに新しい知識だけプラスしても、
知識を使う人に能力がなければ宝の持ち腐れ。

ちょうど・・・
使い方も知らないアプリケーションを
インストールしまくって、
動きが鈍くなったパソコン、みたいにさ。

世間を見渡せば膨大にある知識から
自分にとって必要なものだけをチョイスして
決して翻弄されない能力。
・・・それは記憶力とはまったく違う能力だ。

よく子供が悪いことをして・・・
「誰々もやってたから」なんて言い訳をする。
それを聞いたたいていの親は
「誰々がやってたからじゃなくて、
 自分でいいことと悪いことの判断をしなさい」
・・・と叱るでしょう?
・・・そこなんだよ。

隣の家が新しい車を買ったからといって、
自分に金が無ければ新しい車は買えない。

そういうすごく当たり前のことが、
妙な平等意識(本当は対抗意識だが)をもって、
無い物ねだりやわがままを誘発している。

この広い世の中に
自分と同じ立場の人間なんて
2人といやしないんだよ。

それが覚悟として認識されていないと、
本当の自分を活かすことなどできやしない。

みんなが同じように飢えることもなく、
同じような贅沢を味わえるのは
物質的な豊かさであって・・・
それが精神的、人間的な豊かさと
イコールかと言えば、決してそうではない。

物質的に豊かな国ほど自殺者が多いことが
・・・それを証明しているよね。

バカだろうと利口だろうと、
金持ちだろうと貧乏だろうと、
自分は自分でしかない・・・ということなんだ。

それを知らずして成長はありえない
・・・でしょう?

今の自分もわからないのに
・・・未来の自分が描けるか・・・!

自分のサイズすらわからなければ
・・・服すら選べない


でじたけ流 教育論