20060827
でじたけ流 教育論

第317回

残酷なまでに純粋


住宅街であるうちの近所でも
希にカブトムシが捕れることがある。

小学校1年の次男は
ムシキングの影響で
大のカブトムシファン。

世界の地名も
ムシキング・カードに記載されている
いろんな種類のカブトムシの
生息地を通じて覚えているほどだ。

そんな次男が
「カブトムシを見つけたー」
と叫びながら帰ってきた。

虫カゴの中を見ると
結構大きなカブトムシが動いている。

しかし、よく見ると、
そのカブトムシ・・・下半身がない。

それでも、うごめいている
そのカブトムシを
次男は「生きてる。生きてる」と
ニコニコしながら眺めている。

何だか、見るからに残酷な光景だが、
どうやら弱ったカブシムシに
蟻がたかっているを
次男は「救出してきた」と自慢気だ。

で、その下半身のないカブトムシが入った
虫カゴを家に置いて、
次男はまた外へ飛び出ようとする。

何しに行くのかと尋ねたら
「蟻を全滅させてやる」と鼻息が荒い。

おいおい待てよ・・・。
かくも子供は残酷なまでに純粋だ。

思えば私も・・・
ちょうど、今の次男くらいの頃に
家で飼っていた金魚を取り上げて
全滅させたこともあるし・・・
キャンプ場でつかまえた
大きなガマガエルを
キャンプファイヤーの中へ
焼身自殺させたこともある。

そういえば、
これを書いていて思い出したけど、
木にとまっていたセミを素手でつかまえて、
そのまま羽をむしって食べてしまう
野人のような先生が中学の時いたな。

子供から大人になるまでの間、
いったい、いくつの命を奪ってきたことか。

いや今だって・・・
蚊がうるさいといえば競って叩きつぶしている。

狩人や漁師は別として、
たいてい都会に住む人間は
食べるため以外の理由で
悪戯に命をそまつにしている。

そまつになったか否かは、
その後、その行為が
その人の血肉以外の
精神的などんな糧になったかにもよるが。

同じ腐敗現象を
人にとって役立つものであれば、
それは腐敗ではなく発酵と言う、と
かつて習った覚えがある。

人にとって役立つこと・・・
それがイコール、自分にとってかどうかは、
やや疑問。

子供たちに何を教えるのが難しいと言って、
命について教えることほど難しいことはない。

考えれば考えるほど、
自分にもよくわかっていないことが
出てくる・・・な。

食卓で
肉や魚を食べながら教えるんだから、ね。


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