Presented by digitake.com

 

Fictional Talk No.033(990418)
架空対談 
未来とは

T「ぼくが描いた未来は、その昔、荒唐無稽なデタラメだと、よく批判されたました。だけど、現実は良くも悪くも確実にぼくの描いた未来に近づいてきたと思うんです」

W「よくわかりますよ、その気持ち。私が29歳の時に『タイムマシン』という小説を発表した時にも、賛否両論ありましたよ。でもね、人間が空想できることは、いつか必ず実現できることだと思います。『タイムマシン』だって理論上不可能ではなくなってるでしょ」

T「まさに、その通りです。私もあなたの影響をかなり受けていると思います」

W「いやいや。私も小説家になる前にはね、生物学の勉強をしていて、学者になろうかと思ったこともあったが、あなたのようにリッパな医学博士まではなれなかった」

T「リッパだなんて・・・。確かにぼくは医者の免許を持ってはいますが、何しろカルテに患者の似顔絵をつい描いてしまうような医者でしたから」

W「SFの父と呼ばれたベルヌにはね、私の作品は科学的根拠がないとも言われましたが・・・」

T「でも、ベルヌの作品が物理学を用いて書かれたものなら、あなたの作品は新しいものを"発明"して書くとも言われているでしょ」

W「発明や発見は、長い人類の歴史を紐解いていったうえで見えてくるものです。私も歴史書まで書きましたが、そういうものを通して見ると、次に人類が何を求めていくのかが、わかってくるような気がしてきます」

T「人間がどのように進化しようと、物質文明が進もうと、自然の一部であることには変わりないし、どんな科学の進歩も自然を否定することはできません」

W「そうですね。だから私もアメリカや当時のソ連の指導者と会って、国際連盟設立のきったかけを作った」

T「地球は今、息も絶え絶えの星になってしまいました。いったい、いつの間にこんな事態に陥ってしまったのでしょうか」

W「あなたのお国も、今や世界に大きな影響をおよぼすほどの力を持っている。日本の事情はどうですか?」

T「東京は地価の急騰や過密によって次第に首都としての機能を失い、政治の核は、いつか、ドイツのボンのように、どこか地方の静かな小都市に移転せざるを得なくなるでしょう。東大はじめ研究の場も、富士山麓とか、北海道あたりにまとまって引っ越すことになるかもしれません。しかし、東京や大阪は、ニューヨークのようにたんなる経済都市として、流通、情報の中心であり続けるでしょう。ただ、さまざまな規制が強くなり、たいへん住みにくい町になっていくかもしれません」

W「先進国が共通に抱える悩みですな」

T「交通網は、全国的に極度の発達をみて、各地の幹線道路は網の目のように交差し、その結果、各地域産業は振興しますが、同時にどの地方都市もステロタイプ化して同じような都市構造を持つ、特色のないものになっていくでしょう」

W「神秘的な魅力が失われるのは悲しい気もします」

T「その反面、開発工事によって自然林はますます破壊されて、日本全土のおよそ50%の緑は失われてしまうかもしれません。これは、人口増加と地域産業の振興を図ることを第一義とする結果、避けられない悲劇です」

W「自然を失うと人も変わってくるでしょう」

T「男女均等法が徹底して、職場での女性幹部の進出はめざましく、少なくともアメリカなみの数のキャリアウーマンが誕生します。しかし同時に育児を他人まかせにする母親が増えて、結果として、従来の家族というもののイメージがかなり変わってくるかもわかりません」

W「世界とのかかわりは?」

T「日本は、各国との経済摩擦その他のトラブルで、一時、八方ふさがりの状態になるかもしれない。そうなると、各企業は規模縮小をやむなくされ、雇用関係がきびしくなるでしょう。失業者が最悪の時は20%以上におよぶかもしれません。同時に、韓国や中国などの隣国の発展に脅威を感じ始めるでしょう。アジアの国の多くは、日本がもたついているうちに強力な国際地位を築いて、競争国となっていくでしょう。そうなると日本はすべての門戸を外国に向かって開かざるを得ず、結果的に日本の複雑な流通機構は、根本的に改革せねばならないでしょう」

W「まさに今の日本を見下ろすと、そんな状態だ」

T「しかし、日本人の賢明な処世術は、これらの難関を巧妙に切り抜けて、再び繁栄に導くでしょう。貿易のみならず、人材を各国に大量に輸出して、国際社会人として地位を築くでしょう。ある時代の華僑のように」

W「なるほど」

T「ひょっとすると、今の人類は、進化の方向を間違ってとまったのではないか、もとのままの"下等"な動物でいたほうが、もっと楽に生きられ、楽に死ねたかもしれない」

W「ただし『タイムマシン』でもない限り、後戻りはできない」

T「それでもなお、やはり、ぼくは人間がいとおしい。生きる物すべてがいとおしい。ぼくたちは間違った道に踏み込んできたのかもしれないが、あの罪のないたくさんの子どもたちを思うとき、とても人類の未来をあきらめて放棄することはできません」

W「そう! だから、私たちが主張したことが、今の人たちに少しでも伝わってくれると嬉しい」

T「ぼくらはもういませんが、ぼくらの作品が残ってる。まるで『透明人間』ですな」


手塚治虫(漫画家/医学博士)1928-1989 享年60歳
H・G・ウェルズ(SF小説家)1866-1946 享年80歳


参考資料:「ガラスの地球を救え」手塚治虫=著 光文社=刊
     「21世紀こども人物館」小学館=刊

[ Backnumber Index ]