A「ねぇ、おじさん。わたしのキティー知らない?」
H「・・・知らね。オラ、何も知らねぇよ」
A「おかしいわね? いったい何処にいっちゃったのかしら、わたしの大切なキティー・・・」
H「お嬢ちゃん。キティーって、あの猫の人形のことかい? あの白猫ヤマトのマークの?」
A「ううん、違うの。わたしのキティーは・・・」
H「うんじゃ知らね!! やっぱオラ、なんも知んね」
A「・・・。このダンボールおうち。おじさんのおうち?」
H「さわるなって。壊れっから」
A「ふふ、ステキなおうちね」
H「なぁにがステキなもんかい?! 寒くってしゃーねぇ。お前、オラのこと馬鹿にしにきたんか?」
A「そんなことないわ。ホントにステキよ。確かに、おじさんの体にはちょっと小さめかもしれないけれど、ここで寝ころんでいれば、いつだって大勢の人々が行き交う賑やかな街の姿がよく見えるもの」
H「別に好きでいるんじゃねぇ。こんなやかましいトコ」
A「わたしが住んでいたところは、おじさんのウチよりはいくぶん大きくて、家族もみんないっしょだったけれど、窓はつねに閉ざされていて、いることが見つからないように、いつでも息をひそめていなければならなかったわ・・・」
H「ま、そういう気遣いはないわな、ここじゃ。多少騒ごうがわめこうが、まわりがうるさくて聞こえやしない。・・・しかし、お嬢ちゃん。何で、そんなところに・・・」
A「誰がこんな苦しみをわたしたちに与えたんだろうって考えたわ。でも、わたしは若く、健康で、大きな冒険の中で暮らしてた。その真っ直中にいたときには、1日じゅう不平ばかり言ってはいられないって思ったの。それに周囲の人々がどんなに親切かということを・・・。この冒険がどんなにおもしろいか
って毎日考えることにしていたわ」
H「・・・親切な人がいてくれたなら、いいじゃんか。オラなんか・・・」
A「おじさん、見たところお体にとくに悪いところはなさそうね?! それは恵まれない境遇なのかもしれないけれど、ちゃんと生きているじゃない?」
H「生きてたっておもしろかないわな」
A「そんなことを言うものじゃないわ。生きたくても生きられなかった人は大勢いるのよ」
H「そりゃあ理屈だけんど・・・」
A「いいえ、理屈じゃない! 真実よ。わたしの家族なんか、うちから出された後は2度とみんなで暖炉を囲むことはなかったわ。かろうじてうちに戻ったのはパパひとり・・・」
H「・・・・」
A「もし神様がわたしを長生きさせてくださったら、わたしは世界と人類のために働きたかった・・・」
H「・・・お嬢ちゃん。何探してんだって?」
A「わたしのキティー。・・・キティーじゃわからないわね。ごめんなさい。日記帳なの。わたしがキティーって名付けた日記帳・・・」
H「お前、何て名だい?」
A「アンネ・・・、アンネ・フランク」
H「!! お、お前さんの日記なら、そこの本屋に・・・」
A「そう! うれしいわ」
H「お嬢ちゃん。・・・お前さん、長生きはできなかったかもしれないけんど、人々のためにはちゃんと働いてるよ・・・なぁ・・・」
A「・・・ありがとう、おじさん。おじさんも頑張ってね」
■アンネ・フランク("アンネの日記"で知られるユダヤ人少女)1929-1945 享年16歳
■ホームレスのおじさん(宿無しの失業者)