Fictional Talk No.017
架空対談 天国とは
Y「ハイ、皆さん、こんちには。淀川でございます。何だか、とっても懐かし感じだな。こうして皆さんにお話するの。さて、今日は、こっちの世界に来た時のお話をちょっとしましょうね。
11月11日午後8時7分でした。お医者さんが、そう言っとったの、実は聞こえてたのね。89歳。いゃー長生きしたもんだな。チャップリンより1年も長く生きました。こんなに長生きできるとは思ってなかったけど、まだまだ観たい映画はたくさん、たくさんあったから、ちょっと惜しかったなぁ。
そんなわけで、気がつくと、まぶしい光の中にボクはひとりで立ってる。あれ〜、もう足腰弱っちゃって、車椅子に乗ってたのに、シッカリ立ってる。コレ、不思議だったなぁ。体も軽くて・・・、でも考えてみれば、もう体なんかないんだものな。そうして1歩、2歩、3歩と歩いていると、だんだんだんだん光が強くなってくる。もう、まぶしくてまぶしくて、とても前を見ていられない。まるで"未知との遭遇"のラストシーンで大きな宇宙船から宇宙人が降りてくるシーンみたい。
すると、光の向こうから、誰かが来るのね。ボクの方に手を差しのべながら。本当に宇宙人でも出てきたかと思ってビックリして目をこらしたら、そうじゃない。クロさん! 黒澤明監督が現れてボクを導いてくれました。嬉しかったなぁ。ボクは飛び上がって喜んだのね。すると、さっきまでまぶしかったまわりの世界が嘘のようにパーッと開けて、なんだかとっても清々しい気分になりました。
そうして、よくまわりを見渡すと、そこにはジョン・フォードもいる。ジョン・ウエインもいる。みんなボクの方を見て微笑みかけてくれている。ここは、もう夢のような世界。もう、何と言っていいかわからない。言葉をなくしました。そうして、みんなの顔を見渡していると、ボクの肩を誰かがポンポンと叩くのね。
体もないのに叩かれる感じがわかるゆうのもヘンな話だけど、そういうことはわかるのね。振り返って、見上げると、もう感激して涙があふれてきた。チャップリン! 私の神様。そのチャップリンが私の肩を抱いて"私たちの映画のために、頑張ってくれてありがとう"言うのね。ボクは、胸がいっぱいになりました。ボクのやってきたことは間違いじゃなかったんだな。最後の最後まで映画のことだけ一生懸命やってきたのは、よかったんだなって・・・」
K「僕にとっても淀川さんは、大切な人でしたよ。何せ助監督時代からお世話んなってましたからね」
Y「おお、クロさん、いらっしゃい、いらっしゃい」
K「淀川さんが、おっしゃったように、この世界に足を踏み入れた時にはね。何か"未知との遭遇"みたいなところだなぁと思いましたけど、僕は常々"未知との遭遇"に出てくる眩しくてモヤが立ちこめてるようなところはイヤだなって思ってたんですよ」
Y「おや、そう?」
K「あれが先進的な生き物が住むとこかって! 何か歌舞伎町の盛り場みたいな」
Y「歌舞伎町の盛り場?! おもしろいことを言うね、この人は」
K「僕の場合は、三船君がすぐに迎えに来てくれたから、何の不安もなかったけどね。映画は陰影の芸術でしょ、影がないと映像の深さが出ない。だから眩しいだけのところはつらくてね。でも眩しいと感じることが肉体を持っている時のなごりでね。慣れると、何も感じなくなっちゃうんだな」
Y「確かに、アンタの映画は、みごとな影をつくったね。そこに描き出される男がいいのね。でも女はダメ」
K「あいかわらず、手厳しいな、淀川さん」
Y「ボクが来てから、しばらくしてね。太宰久雄さんがやって来たのね。寅さんのタコ社長。そしたら渥美さんが飛び出てきてね。"こら! タコ!! お前、何でこんなに早くこんなところな来た!!"って怒鳴ってるの、驚いたなぁ。"だって寅さんだって、とっくに来ちゃったじゃないか"ってタコ社長が言うと、"俺は、どうせひとり身だから、いいんだよ。それよりお前んとこのボロ工場はどうすんだよ!"って。まるで映画の中とおんなじ。そのやりとり見てると映画館にいるような感じがして、思わず笑っちゃったなぁ」
K「その人が感じるように見える世界なんだな、ここは。どっち道、現実なんてものは存在しないんだから、スクリーンの向こうもこっちも同じ。でも、そう考えると映画監督なんて、いらないな、ここじゃ」
Y「あれまぁ、映画監督がいらないんじゃ、映画評論家も用なしやな」
K「淀川さんも僕も、あっちの世界じゃやれるだけやったんだ。あとは、こっちで懐かしい人たちといっしょに、のんびりしましょうや」
Y「それも、そやね。・・・それでは皆さん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」
■淀川長治(映画評論家) 1909-1998 享年89歳
■黒澤 明(映画監督) 1910-1998 享年88歳 |