Episode No.087:贅沢と幸福
「働きたいだって?! うちは、お前が仕事をしなければないないほど、お金には困っていないよ」
もし、あなたが自分の両親から、こう言われたら? まず「絶対にあり得ない」・・・と答える人が大半だろうが、ひと昔前のヨーロッパ貴族社会では、こう言われることが当たり前だったようだ。
歴史に名を残した人は、たいてい貧しい家の出身で、苦労に苦労を重ねて未来を切り開いた人が多いようだが、中には大富豪の出身者もいる。
彼女にとっては、着飾った姿で新しく手に入れた宝石を自慢し合うだけの社交界は、楽しくもなければ、そこに自分が生きていることの意味をみいだすことはできなかった。
「自分のやりたいことをやらないで、他人から言われるままに生きた人で、優れたこと、有用なことを成し遂げた人は、今だかつて誰もいないのです」
そんな言葉の残した彼女の名は、フローレンス・ナイチンゲール。
"戦場の天使"とも言われた彼女の功績は、たんに地獄のような厳しい状況下でケガ人の介護をしたということだけではなく、近代看護の基礎を築いたことにある。
現代では、とても想像できないが、今から150〜60年前の病院は、いわば社会生活で厄介者となったケガ人や病人を放り込んでおくための"乳母捨山"状態。看護婦と言えば、ほかにつける職業がない人がやる仕事の代表で、まともに病人の面倒をみることはなく、酒ばかり飲んでいる者が多かったという。当時の入院患者の死亡率は40〜60%にも達していたというから驚きだ。
そこに身を投じるだけでなく、私財までなげうって貢献したというナイチンゲールの恩恵を受けていない人は、今の世の中にまずいないと言っていい。
ちなみに体力測定などに使われる円形の周囲に測定点を書き込んでバランスを見るレーダーグラフは、ナイチンゲールが考案したもの。
1910年に90歳の生涯をとじたナンチンゲールの墓には、最期まで贅沢を嫌った彼女らしく
F.N 1820-1910 とだけ、刻まれている。 |