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Episode No.045

人に寿命がある限り、生涯にできうる仕事というものは限られてしまう。

いかに歴史に名を残す人物であっても、歴史に刻まれた仕事を成しえた時間は、何十年もの生涯のうち、わずか半年、1年の出来事であることが少なくない。

今日、ご紹介する女流作家にも、決して長いとは言えないが、数十年の人生があった。

彼女の父親は出版社を経営していた。父親の会社でマーク・トゥエイン作の『トム・ソーヤの冒険』を出版したのは、ちょうど彼女が生まれた年のこと。
そのマーク・トゥエインの姪にあたる母親は、なかなかの話上手で、日常のちょっとしたことでも、まるで小説を読んで聞かせるようにおもしろおかしく話すことができたというから、彼女の才能は母親ゆずりといっていい。

彼女の家庭は経済的にも大変裕福だった。充分な教育は彼女の天性に磨きをかけたが、彼女を真の表現者として目覚めさせたのは、大学で経済学の勉強に関連して視察した、孤児院との出会いだった。

こうした施設に育つ子供たちに大きく心を動かされた彼女は、大学在学中から新聞社に通信記事を書いたり、交友会誌に短編小説を寄稿するようになる。

小説の世界で認められるまでには、かなりの時間を要したが、ひとたび人気が出はじめると、彼女の名声はたちまち広がっていった。

その後、彼女は作家としてだけでなく、社会施設の改善家となり、少年感化院や刑務所改善の特別委員として、より直接的な活躍もするようになる。

「これが私が初めて書いたラブレターです。ちゃんと書き方を知っているなんて妙ですわね?」

これは、彼女が36歳の時に手紙形式で書いた代表作の最後の一行。

彼女の作品には、社会的には陰の部分にスポットを当てたものが多いが、決して暗くならずに、上品でユーモラスなのが特徴だ。

彼女は39歳で法律家と結婚。幸せな結婚生活を送り、やがて女児を出産するが、出産から2日後に急逝。結婚から、わずか1年後のことだった。

ニューヨーク生まれの女流作家、ジーン・ウェブスター。

彼女の名前は知らなくても、彼女の代表作『あしながおじさん』を知らない人は少ないだろう。

ひょっとしたら今、あなたが抱えている仕事が、あなたの人生における代表作になるものかも知れない。


参考文献:「あしながおじさん」J・ウェブスター=著 松本恵子=訳・解説 新潮文庫=刊

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