Episode No.031
「どうして、お前はこんなに不器用なんだ?!」
学友たちはクスクス笑い出す。図画の時間が来る度に、担当教師の目は彼に向けられていた。
「おまえには、このリンゴより、ぶとうの方が大きく見えるのか?」
皿に盛られた写生用の果物を遠目に見ながら、彼はただ黙って教師の話を聞いていた。
いや、聞いていたふりをしていただけなのかもしれない。
「もっと、よく見て描きなさい」
教師は、そう言い放つと、ようやく彼のもとを離れた。
目の前から教師の姿がなくなるやいなや、彼はまたモクモクと画用紙に顔をうずめた。
これほど毎回、教師に罵倒されても、彼にとって図画の時間は決して憂鬱なものではなかった。
むしろ、ほかにもこれと言って何の取り柄のない彼にとって、自分の感じた世界を自由に描ける図画の時間は、最高のものだったに違いない。
教師や学友の評価は別にして。
彼の図画の成績は、いつも甲乙丙の丙。
しかし、彼は決して態度を改めない。評価は自分で下すものだと言わんばかりに。
後年、版画家として名をはせた彼が愛用した彫刻刀は1本何万円もするような代物ではなく、まったく小学生が使っているものと同じだったという。
「弘法、筆を選ばすですか?」と記者に尋ねられ、この方がいちいち手入れをする必要もなく、使い捨てができていいと説明した棟方志功は、最後にこうつけ加えた。
「俺は小学校しか出ていないから、道具も小学生が使うものでいいんだよ」 |