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Episode No.030

彼は幼い頃から人を驚かせることが大好きだった。

彼の名前は、田中久重。福岡県久留米市の生まれで、幼名を儀右衛門といった。

わずか9歳にして制作した「絶対に開けることのできない筆箱」は、彼の望み通り周囲をたいそう驚かせ、その後もからくり人形や和時計などを次々に制作。「からくり儀右衛門」の異名をとった。

物事の仕組みを知り、それを自由に操り、周囲をアッといわせたい・・・そう願う彼の情熱は大人になってからも衰えることはなかった。

その一心で彼が手がけたものは、蒸気機関車や蒸気船、大砲など、重工業の分野にまで至る。
チェーンを使って後輪を駆動する、現在の自転車の仕組みを考え出したのも、実は彼だった。

1875年(明治8)、75歳で上京した彼は「田中製造所」という電信機工場を東京・新橋に創設した。

やがて、拡大したその工場は「芝浦製作所」となり、東京と芝浦という地名をとって「東芝」と呼ばれるようになった。

ちなみに川崎市にある東芝科学館には、現在でも「からくり儀右衛門」の作品が展示されているという。


参考文献:「教科書に載らない雑学系230の疑問」テリー伊藤=監修 成美堂出版=刊
     東芝/企業情報 http://www.toshiba.co.jp/corp/index_j.htm

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