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Episode No.282(990722):アイツのこと

毎年、この日になると思い出さずにいられないコトがある。
もう20年近くも前のことになってしまったが、あの日もすごく暑かったのを覚えている。

その日、夏休みの補習を終えた帰り道は、アイツといっしょだった。
アイツは可愛い女の子・・・ではない。
残念ながら、そういう学生時代の思い出というものは持ち合わせていない。

だが、この時アイツといっしょだったことは、その後の私にとって、ある意味で救いとなった。

アイツは同級生で、私とは違いスポーツマンタイプ。
それはモテそうなヤツではあったが、すでにゾッコンの彼女がいた。

そんなわけで、アイツと私とは趣味も環境もだいぶ違っていたが、何故か意気投合する部分があって、いっしょに生徒会活動をしたり、自主制作映画を作ったりした。

その日もアイツは彼女を連れて、これから海に遊びに行くと言っていた。

・・・そして、それ以来、アイツとは会っていない。

彼女が溺死して、アイツも行方不明だという連絡を受けたのは、その夜のことだった。
捜索の甲斐もなく、翌朝、アイツも浜にあがった。

友人の死は、どんな場面においてもやり場のない悲しみに襲われるものだが、ことにアイツの場合には、死の直前にいっしょに過ごした半年ほどの出来事が鮮明に焼き付いている。

私が脚本・監督を自主制作映画にアイツは準主演で出ていた。
内容は高校生の作る他愛のない学園ドラマだが、アイツの役は浜辺で事故死する主人公の親友という役だった。

授業中に教科書の陰にかくしたノートに私がシナリオを書いているのを見つけたアイツは、後ろの席から私をつついて「ちょっと見せろ」と言う。
しばらくしてアイツの手元から戻ってきたノートには自分のセリフの部分に、ひと言書き加えられていた。

「俺は、いつ死んでもいいから毎日を一生懸命生きたいと思ってる」

何ともクサいセリフではあるが、本人のたっての希望で、そのまま採用することにした。
アイツがいなくなるわずか1ヶ月後の話だ。

死んだ友だちのことをいつまでもクヨクヨ言っていても仕方ない・・・という意見もあるだろう。
しかし、私はあれからの約20年を決してクヨクヨ過ごしているつもりはない。

誰でも、いつかはこの世からいなくなる。
死後の世界なんてあるのかないのかわからない。
でも万が一、そんな世界があって、自分が死んだ時、もう一度アイツと会うチャンスがあったとしたら・・・。
その時に胸をはって会いたいから、とにかく今は精一杯やってるつもりだ。

「おまえ、昔の方が元気あったな」・・・なんて言われたら、イヤだもんな。

「オトナになると、いろいろ大変なんだよ」・・・なんて、オトナになれなかったアイツに言い訳するのも気が引ける・・・しね。


参考資料:なし

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