Episode No.026
敬愛する兄を亡くしたイギリス人画家、フランシス・パラウドは悲しみの中にいた。
ようやく兄の葬儀も済み、あわただしかった日々から解放されて、自分の仕事に戻ろうとキャンバスに向かったものの、遅々として筆は進まない。
そんな彼の足下に、一匹の犬がまとわりついて来た。
スマートだが両耳をたらした愛嬌のある犬は、亡き兄が可愛がっていたもの。
フランシスにも充分になついてはいたが、まるで主人を探しているように、時折、遠くを見つめるような表情を見せていた。
フランシスは、ふと立ち上がると、一枚のレコード盤を蓄音機にのせた。
犬は行儀良くお座りをすると、蓄音機のハンドルを回す彼の顔をのぞき込んだ。
やがて回転し出したレコード盤に、ゆったくり針が下ろされると、大きなラッパ状のスピーカーからは、亡き兄の声が聞こえてきた。
たれさがった耳をピクッと一瞬立てた犬は、シッポを振りながらあたりを見回す。
しかし、いっこうに主人の姿が見えないことに、やがて首をかしげた。
そんな犬の姿に心を打たれたフランシスは、心の中に空いた大きな穴を埋めるように、一気に筆を走らせた。
犬の名前は「ニッパー」。
フランシスが描いたニッパーの姿は、今でもビクターのマークとして残されている。 |