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Episode No.198(990415):モノを見る目

彼が成しえたすべての仕事は、入念な観察から始まった。

彼の故郷はイタリア。
フィレンツェの西へ40kmばかり離れた丘陵地帯の村に彼が産声を上げたのは、15世紀中頃の話だ。

政府の公証人を勤めていた父は、村一番の地主の息子。
母は貧しい農家の娘だった。

ついに正式な結婚を認められなかった2人は、それぞれの身分に合った相手と結婚をさせられ、2人の間に生まれた彼は父に引き取られることになった。

実の母と子が、同じ屋根の下で暮らせるようになったのは、彼が一流の芸術家として成功を遂げた40年後の話。
ただし、あくまでも主人と家政婦という関係であり、彼はその実の母が亡くなるまで「お母さん」と呼ぶことは許されなかったという。

真の芸術家や学者の仕事は、決してひとつの場所に止まらない。
目の前にある課題を追求していればしていくほど、幅広い知識が必要となる。

彼の絵画の腕はまさに天才的で、20歳の頃には師匠の絵の一部を手伝ったが、そのみごとな出来映えを見た師匠は、それ以来、自分で筆を持つ自信を失ったほどだ。

しかし、一本立ちをしてからの彼の仕事は決して早くはなかった。
絵画や彫刻の分野に止まらず、解剖学や幾何学、土木建築、果ては造船、戦術学まで、自分が興味を感じたあらゆるものをとことん研究した彼の仕事は、しばしば本業からそれた。

そうした彼の研究の成果として、ヘリコプターの原理を考え出したことが挙げられる。

彼の名は、レオナルド・ダ・ビンチ。

全日本航空事業連合会では、ヘリコプターを第二の足として幅広く意識してもらうために、ダ・ビンチが生まれた4月15日を「ヘリコプターの日」と定めている。

発明や発見、そして芸術作品。あるいは私たちが日常的に接するさまざまな仕事のアイデアも、決して考え悩んだだけで出てくるものではない。
正しくものを見る目があってこそ、いわば自然発生的に生まれてくるものではないだろうか。
あとは、それを他人の目に見えるカタチで再現できるだけの技術があるか、ないか・・・だ。


参考資料:「世界の伝記/レオナルド・ダ・ビンチ」木村尚三郎=監修 集英社=刊

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