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『ふところ手帖』という本がある。著者は小母澤 寛。

1955年の秋に週刊読売に掲載されたもので、タイトルだけ見ると何やら「おばあちゃんの知恵袋」めいた印象を受けなくもないが、内容はまったく違う。

『ふところ手帖』には、著者が或る町外れの侘びしい宿の老主人から聞いたという、15ページほどの一匹狼やくざの挿話があった。

60年代に入って、その挿話の映画化が決まる。

シナリオには製作意図として「やくざの世界の醜さを描く」とあり、当時はすでにカラー作品も多く作られはじめたにもかかわらず、予算の関係上、モノクロで製作され、製作発表では映画館主から苦情が出るほど不評だったという。

ところが公開半年にして製作費の3倍もの興行成績を上げ、ついにはシリーズ化されるほどの人気を博した。

高度成長につれ社会が巨大な組織化の波に動かされはじめていた60年代。
組織にしばられるより、自由なプロフェッショナルでいたいという男の憧れが、この映画の主人公に託されたのだろう。

主人公の名前はそのまま映画のタイトルとなっている。
ご存じ『座頭市物語』。

製作段階でこの主人公の、みなぎるパワーを見抜いていた主演の勝 新太郎は、結婚式の翌日に新妻、中村玉緒の断髪式で頭を剃り上げ、この役に挑んだという。

ちなみに、この原稿を打っていてMac版ATOK11が『座頭市』を一発変換したのにもちょっと驚いた。


参考文献:「映画になった名著」木本 至=著 マガジンハウス=刊

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