あの時、渡された詞に作曲者が注文をつけなければ、あの歌手はあの唄を歌わなかったかもしれない。
元の詞は、こうだった。
「いつもテレビは、ね! あまりにも他愛なくて、かえっておかしいね」
作曲者は、この部分だけが気に入らなかった。
「何かちっちゃいよ」と作詞者に再考を依頼した。
この作曲者とコンビを組んで来た作詞者の方も、ああヤラレた・・・と思って、笑って直すことにした。
とはいえ、そう簡単にイメージがふくらむというモノではない。
作詞者は、昔訪ねたある漁師町の民宿でのことを思い出してみた。
夕方になり、布団を敷きにきた男の人は、片腕がなかった。
漁師をしていて事故に遭ったのか、また別の理由か・・・真相はわからない。
ただ、日々淡々と今の自分の仕事である布団運びを文句ひとつ言わずにやっている、その男の人のことが妙に印象深く心に刻み込まれていた。
そのイメージをたくして、作詞者は書き直しを始めた。
一方、彼らの歌を歌うことになっていた歌手は、その頃、絶望の淵にいた。
歌手としてデビューして、家族みんなで暮らすことを夢みていたその彼は、1年ほど前に母を亡くしていた。
自殺だった。
彼らの作った唄を目にした時、例の書き直した部分の歌詞が痛烈に彼の心をとらえた。
「日々の暮らしはいやでもやってくるけど、静かに笑ってしまおう」
作詞、岡本おさみ。作曲、吉田拓郎。
『襟裳岬』を歌った森進一は、初めてのレコード大賞を手にした。