今から、ちょうど64年前の今日、一匹の犬が死んだ。
3月8日は忠犬ハチ公の命日だ。
64年前というと昭和10年。
アメリカで世界初の缶ビールが誕生し、ドイツでは世界初の定期テレビ放送が開始された。
国内では、3枚羽根の扇風機が登場し、山野千枝子が輸入を開始した電髪の機械が話題を呼んでいた。
新時代の幕開けを告げる技術が次々と登場していく中、農村では嫁不足が深刻になり、松竹ではトーキー時代に合わせて、全国の映画館で雇っていた弁士を一斉解雇したのもこの年のことだ。
渋谷の駅前で帰らぬ主人を待つ犬が注目を集めたのは、こんな時代だった。
ハチ公は、生前から幾度か新聞に取り上げられていた。
「なぁに、あの犬は駅前の焼鳥屋の屋台でエサをもらえることを知ってるだけサ」などという人も少なくなかったが、とうとう駅前で死んだというニュースが流れた時には、多くの同情を呼んだ。
新しい技術に人間の生活を豊かにするために生まれてくるもの・・・であるにもかかわらず、実際には人間を不幸にすることが少なくない。
公害問題はもとより、新しい技術が誕生したお陰で職を奪われる者も出てくる。
それも自然淘汰である・・・と言ってしまえばそれまでだし、時間は決して元へは戻らないものであるが、だからこそ何か普遍的なものを「信じていたい」という思いもつのることだろう。
昭和10年の日本には、ハチ公がいた。
デジタル化の波にさらされている現代には、何があるのだろうか?
ひょっとするとハチ公の銅像の前で、人を待ちながら耳にあてている携帯電話が救いなのかもしれない。
携帯電話というテクノロジーも電波の向こうに人がいなければ決して成り立たない。
ちなみに本物のハチ公は今、剥製となって上野の国立科学博物館に鎮座している。
同じように主人が戻って来るのを待ち続けた南極越冬隊のタローとジローもいっしょだ。