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Episode No.119(990113):女の意地

1962年2月末、一通の手紙が舞台女優の元に届いた。

「私たちは次回作の主役をあなたに演じていただきたいと希望しております・・・」

手紙を広げている彼女の名は、ジュリー・アンドリュース。差出人の名は、ウォルト・ディズニー。

ディズニーランドを成功させ、映画界においても大きな影響力を持つディズニーからの誘いに、彼女は大変な魅力を感じたが、映画界へのデビューとなる作品の役柄が"空飛ぶ乳母"であることには少なからず抵抗を覚えていた。

ディズニーが企画していた作品のタイトルは『メリー・ポピンズ』。

トラバース原作中のメリー・ポピンズは、中年女性として描かれていたが、劇中の楽曲を重視するディズニー・スタジオでは、この企画においても音楽作りを優先して作業が行われていた。
楽曲ができてくるにしたがって歌える女優が必要になり、ブロードウエイ・ミュージカル『マイ・フェア・レディ』で主演したジュリー・アンドリュースが候補に上がった・・・というわけだ。

ディズニーからの手紙を受け取った時、彼女はブロードウエイで舞台に立っていたが、この舞台を終えた後、出産のためにしばらく休養をとることになっていた。

その休養中にディズニーの招きでハリウッドにある彼のスタジオを訪れ、作品についてのこと細かなプレゼンテーションを受けた彼女は、ディズニーの熱心な説明と作品内容の素晴らしさに心を動かされ、もう"空飛ぶ乳母"になることへの抵抗はなくなった。・・・が、今ひとつ気がかりなことがあった。

ちょうど『メリー・ポピンズ』の制作と同時期に自分が舞台で主演した『マイ・フェア・レディ』を映画化する話が進んでいたのである。
もし、映画版『マイ・フェア・レディ』の主演に自分が抜擢されたら、絶対にそっちをやりたい・・・と彼女は強く願っていた。

その年の11月に無事、女児を出産したジュリー・アンドリュースは、翌年の2月。ディズニーからの手紙を受け取った、ちょうど1年後に再びディズニー・スタジオへやって来た。『メリー・ポピンズ』出演契約のために。
但し、契約書には『マイ・フェア・レディ』の主人公役がまわってきた場合には『メリー・ポピンズ』の出演契約を解約できるという一文が書き加えられることになった。

その後『マイ・フェア・レディ』の主演は、オードリー・ヘップバーンに決定し、ジュリー・アンドリュースはディズニーの希望通り『メリー・ポピンズ』で映画デビューを飾ることになる。

1964年のアカデミー賞最優秀作品賞には、ヘップバーン主演の『マイ・フェア・レディ』がオスカーに輝いた。
『メリー・ポピンズ』も主要13部門にノミネートされるという大健闘をはたし、ジュリー・アンドリュースは、この作品でヘップバーンを押さえ、みごと最優秀主演女優賞を受賞した。


参考資料:「ウォルト・ディズニー〜創造と冒険の生涯」ボブ・トマス著 玉置悦子/能登路雅子訳 講談社刊

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