THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行11 14/14


■クミの想い

父親と入れ替わるように奥から母親が出てきた。

「あなた、お名前は?」

「宮田良樹です」

「はい、ミヤタヨシキ・・・と。じゃ、これ診察券。また、来週来られるかしらね?」

「はい」

「そう、よかった。まだ応急処置しかしてないから・・・。じゃ今度来る時に保険証持って来てちょうだいね」

「わかりました」

「今日の治療費も・・・そん時でいいわ」

「すいません」

着替えを終わったクミが降りてきたのは、ちょうどその時だった。

「楽になった?」

「うん。おかげで・・・助かったよ」

母親はさっさと診療台まわりを片づけると診察室の明かりを落とそうとした。

「ワタシ、ちょっとそこまで送ってくる」

「もう遅いんですからね・・・本当にそこまでよ」

母親はそう行って2人をオモテへ出すとカーテンを締め切ってトビラを閉じた。

トボトボと駅に向かって歩き始めた良樹とクミ。
やがて夜空を見上げた良樹が言った。

「せっかくイイ1日だったのに・・・何かカッコ悪いな・・・オレ」

「・・・良樹」

クミの呼びかけに振り向いた良樹は、自分のすぐ目の前にクミの顔があることに驚いた。
と、驚く間もなく思い切り背伸びをしたクミの唇が良樹の唇に静かに重なった。

カッと目を見開いたままの良樹には、まぶたを閉じたクミの顔がある。
クミは、ゆっくりと目を開くと、半歩ほどさがって言った。

「・・・じゃあね、バイバイ」

呆然とする良樹を残して、クミは小走りに帰って行った。

良樹は自分の唇にそっと指をふれてみた・・・まだ感覚はない。
麻酔の効いた唇でかわした初めてのキス。
かすかな記憶に残るのは、化粧を落とした、ほのかなクミの香りだけだった。

・・・以下、次週

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