でじたけ流 教育論「異性になった自分」
 

でじたけ流“教育論”
第996回「異性になった自分」

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およそ、どの家庭を見ても…
息子は母親に、
娘は父親に似ていると思う。

それなりの年齢になると、
同性に似てくるような感じもするが、
そこには、
男は男なりに、女は女なりに、
すべきことが似通ってくるから
…という理由も考えられる。

息子がいる母親、
娘がいる父親は、
時に
異性になった自分を見る。

自分のことは、
自分が一番よく知っている
…というのは
他人に何かを指摘されて、
うまく説明ができない時の言い訳。

本当は…
自分のことほど、
わからないものはない。

自分のことが
本当に理解できているなら、
自分に似た者相手に
苛立つことなど、
まずないはずだが
…実際は苛立つことしきり、だ。

通常、他人に苛立つ時というのは…
どうして
こんなことができないんだ?
…と、
自分にできて、相手にできないこと
…について苛立つものだが

自分に似ている者への苛立ちは、
つたない自分の若い頃を
見せつけられている…苛立ちとも言える。

どうして気がつかないんだ?と。

そういう意味では
息子、娘にかかわらず、
子供たちは、みな同じはずだが…

感覚が似すぎていると、
まるで細い道で
同じ方向に避け合って、ぶつかる
…みたいなことが多くなる。

ぶつかる…というのは
感情的な問題より、
むしろ距離の問題。

どんなに感情的になっても
近くにいなければ、
ぶつかることなどないからね。

そういう意味では、
娘が結婚して実家を出て行く
…というのは、
ちょうどいい距離を保つために
最良の方法だと思う。

ついこの間、
ハワイに住んでる妹が休暇をとって、
年老いた両親に会いに来ていた。

ウチで一番、親を心配させたのは、
ひとり娘の妹だったと思うのだが…。

相変わらず親の近くにいる
自分や弟は、
今でも両親と怒鳴り合うことが
…少なくない。

やっぱり…人生、日々更新。

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