でじたけ流 教育論「遺伝的感覚」
 
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20181014

でじたけ流 教育論949回 遺伝的感覚

でじたけ流教育論 digitake.com


学校やバイト帰りの娘を
会社帰りに駅まで車で迎えに行くことが間々ある。

娘は車に乗り込んで来ると、
いきなり眠るか、話し続けるか…どちらかだ。

話す内容は、その日にあったこと。

この間は偶然知り合いに会った話を
奇跡を経験したのように話し続けていた。

自分もようやく、
そういうことを感じられるようになってきた。
…と自慢げに。

そういう経験や感覚は、
自分とまったく同じだと思った。

町中で知人にあうことは四六時中。
同じ電車に乗り合わせていたり、
駅ビルの駐車場に車を入れたら、
向かい側にカミさんが車を駐めに入って来たり…。

こうしたことは
本当は至極当たり前のように起きていることで、
そこに気づくか気づかないかによって、
その後の運命が
大きく変わっていくのではないかと思ったりする。

こうした感覚は
言葉ではとても説明しづらいものだが、
わかる人にはわかってもらえる…だろう。

説明しづらいといえば「音」もそうだ。

音というのは、
いったいどうやって整理され覚えているのだろう?

誰の声と誰の声が似ている
…というようなことに気づく能力も、
また何とも根拠が説明しづらい。

書斎に籠もる時には
クラッシック音楽をかけていることが多い。

曲について何ら知識はないが、
書き物をしている時、
一番邪魔にならないのでかけている。

その日、隣のリビングに出ると次男がいた。

すると、
次男がいきなりビクンと首をまわし、
あわてて何かを払う仕草を見せた。

何をしてるのか不思議だったが、
尋ねると…
書斎のドアから漏れた
チェロのヒーンという感じの音が
蚊の飛ぶ音に聞こえたらしい。

こういう感覚も自分に似ていると思った。

理屈では説明できない感覚こそ、遺伝的だ。

やっぱり…人生、日々更新。

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