でじたけ流 教育論「教育的断捨離」
 
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20131006

でじたけ流 教育論687

でじたけ流教育論 digitake.com


背中かいて…という中2の弟に
ペンで描く高2の姉…は、
只今、反抗期真っ盛り。

不良仲間に入って
夜遊びをしてウチに帰って来ない
…というわけではないが、
何せ、
まともな返事はしない。
自分のやりたいこと以外、やらない。
…等々で、しょっちゅう叱られている。

あくまでも、
部活優先、自分の楽しみ優先…。
家の手伝いは後回し…というか、
ほぼやらないか、
やっても必要以上にエラそうで、
これがまた怒鳴られる要因。

そこでついに母親がキレて、
自分の弁当は自分で作れ。
自分の洗濯物は自分でしろ。
…ということになった。

ま、当たり前といえば当たり前なのだが。

意地っ張りの娘は、
母親が一応用意した弁当の具材は
一切使わずに自分の弁当を作る毎日。

忙しいと教えたり、叱ったりするのが、
かえって手間で、つい親が手を出してしまう。

それが、子供が自ら「できなくなる」…
あるいは「できなくても問題がなくなる」
…最大の要因だろう。

面倒をみる、ということは、
手を貸す…という意味合いが大きいが、
育てる、ということは、
気づかせ、できるようにする…ことであり、
むしろ、
手を出すと、できなくなる場合が多い。

親はなくとも子は育つ…と言うが、
親が手を出すと、
かえって子は育たない…わけ。

親が会社の最前線に立つ年になったり、
自分の親の介護などで、
より忙しくなってくる年になってきた時、
同時に子供も
自立する年になってくるのは自然の流れ。

安心を求めるが故、
いつまでも、
これまで通りでいようとすることは、
お互い無理があるし、
結果的につらく、
最終的にはイラつくことになる。

割り切って、手放せ。
教育にも断捨離が必要だ。

親も子も…変わり続けることが成長である。

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