でじたけ流 教育論「21世紀家族」
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20130707

でじたけ流 教育論674

でじたけ流教育論 digitake.com


かつて一度だけ、まだ丸っこかった時代の
iPhoneを持ったことがあったが、
通信費が馬鹿にならない上、
普段は屋内で
PCに向かっている時間も多いので、
あまり意味を感じず…やめた。

その後、WiFi専用のiPadを使い始めると、
もうこの老眼では
再びiPhoneの小さな画面を見る気になれず、
今日に至っている。

さて、家族はというと…
そろそろ
スマホが欲しくなってきているようだが、
もともと一人一台、お古のPCはあるので、
自宅でのネット環境には困ることはない。

今では中2の次男以外は、
Facebookもやっていて、
子供の友達とも「友達」になるという、
21世紀ならではの交友関係が構築されている。

ところがここでもやはり
性格や考え方の違いが出る。

書き込みの更新頻度は、
ブログやFacebookなどなかった時代から、
こうして日々更新している
私の更新頻度が多いのは当然であるが…
次にマメに更新しているのは高2の娘で、
カミさんは「いいね!」専門。
大学生の長男に至っては、
週に一度アクセスすればいい方。

いわく…、
ネットにはまっていると、
すぐに時間が経ってしまい、
やろうとしていたことができないから
…だと言う。

確かにその通りではあるが、
それならそれで、
そういう考え方で接していることを
書き込みしていないと…
ただのスボラで
継続性のない奴に思われかねないのが
…SNSの難しいところ。

最もSNSという
新しいコミュニティーに限らず、
例えば公園のベンチに腰掛けていて、
隣に誰かが座ってきたとする。

そのベンチは、
自分にとっては
図書館の自習室のようなものであったとしても、
隣の人にとっては
呑み屋の相席感覚でいるかもしれない。

こうして実際に顔を合わせていれば、
静かに読書をしている相手に、
わざわざ、からんでくるのは
相当酒癖の悪い輩くらいの者で、
たいていは相手の様子を見て、
話しかけるのをやめるだろう。

しかし、SNSにおいては、
相手の顔を覗き知ることはできないわけで、
自分がどのようなスタンスで
そこに居るのかは、
時々によって明確に表明していかないと、
あらぬ誤解を招くことがある。

実に厄介な話ではあるが…、
これが便利な道具の正体で、
誰もが携帯電話を持つ時代になれば、
遅刻の連絡ひとつできないでいると、
昔のように公衆電話がなかった
…などという言い訳はきかないから、
単に、だらしのない奴だと思われるだけ。

便利さは誤魔化しを許してはくれない。
張り子の寅には誰も驚異を感じない。

けれど考えてみれば…
織り姫と彦星の時代から、
自分を受け入れてもらえる
居場所を探す、あるいは作り出すのが
…人生最大の課題であることに変わりはない。

じゃあ自分はハナっから、
そんな面倒なものとは関わり合うのをやめよう
…というのも、ひとつのスタンスではあるが、
自分の子供が積極的に関わろうとしていたら、
親として「知らなかった」では済まされない。

むろん
子供の交友範囲のすべてを知ることはできないし、
いちいちそんなことをしているようでは、
それこそウザイ親になるわけだが…。
かと言って、
子供が遊んでいる場所くらい把握できていないと
家族を守ることはできないから、ね。


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