でじたけ流 教育論「息子の友達と呑む」
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20130317

でじたけ流 教育論658

でじたけ流教育論 digitake.com


長男が大学生となり、
ぼちぼち酒をなめてはいるようだが、
そこは母親に似て、弱い。

けれど、長男が連れてくる友達には、
結構酒呑みもいて、わりと話し相手にもなったりする。

ついこの間も、
長男の同級生が2人ほどウチに来ていて、
速攻で酔いつぶれた長男を横目に
3人で酒瓶を空にした。

酔ってしまえば年齢など関係ない。

それは、場末の屋台に行って、
そこの常連の親ほど年の違うおじさんと、
意気投合して酒を注ぎ合うのと同じだ。

だいたい、酒を呑んでいる時なんて、
いったい何を話したのかなんて、
サッパリ覚えていないもの。

ただ…、
あの顔とあの顔があって、
時々、肩を叩き合って笑って、
後で思えば何が可笑しかったんだが
理解に苦しむくらいだけれど…とにかく楽しかった。

つまり、楽しかったという思い出に
確固たる理由などいらない。

逆をいえば、
その場にいた者だけが、
その説明のつかない楽しさを
共有できていた
…というのが、いい思い出なんだろう。

いかに相手のプロフィールを知ることよりも、
どんな経緯で、今ここにいるのかは知らないが、
乾杯して、笑い合える時を共有できるということの方が、
おそらく意味のあることだと思う。

その意味は…
生きていると時折ぶつからざるを得ない、
挫折感や絶望感に
さいなまれた時にわかるよ、きっと。

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