第120回 |
「世の中で何がおもしろいと言って、
自分の力が日ましに増すのを知るほど おもしろいものはない。 それは人間の もっとも本質的なよろこびの一つである」 ・・・三島由紀夫『実感的スポーツ論』 たまに早く帰宅すると 子供たちがバーゲンセールの主婦たちのように 玄関を上がった私のもとへ殺到してくる。 彼らが我先にと話したがるのは 「今日は何をした」「何ができるようになった」 ということだ。 誉めてほしいということ以上に 喜びを共有したい気持ちと 自慢したい気持ちが大きい。 子供がよく「笑う」のは そういう喜びが多いに違いないからで 大人になるにしたがって 「笑う」機会を失うのは ・・・つまり、そういうことなんだ。 そりゃあ大人だって「笑い」たいだろう。 だから・・・ 手っ取り早く「笑う」ために金をつかう。 しかし、それは・・・ 「笑う」のではなく 「笑わせてもらっている」だけ。 そういう「笑い」も「笑い」には違いないが 福の望める「笑い」とはちょっと違うだろう。 デザートだけ食べたり 酒だけ飲んだりして 栄養をつけようなんて思っても・・・ そうはいかないから、ね。 主食となる「笑い」を獲得するためには 受動態ではいけない。 それは明白だ。 どのチャンネルを見てもつまらない・・・ それは、見ることだけで楽しもうとているからで デザートは食い飽きたんだけど まだ腹は減っているという状態じゃないのかな?! 先の見えるドラマはつまらない。 しかし・・・ 普段とちょっと違う動きをするだけで すぐに予想外のことに突き当たる現実は 決して飽きないはずだ。 笑えない現実も多いけど・・・ 大いに笑おう。 自分が作りだした現実なら ・・・少しは笑えるはずだ。 |
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